▼532▲ プロレタリア文学の悲哀とラブコメ漫画のキャーえっち
夕食後、ヤンキー三人娘が強制的にホラゲー実況をやらされている間も激しい嵐は一向にやむ気配を見せず、プレイヤーの恐怖感を倍増させる天然のSEとして絶大な効果を上げていた。
近くに大きな雷が落ちて強烈な閃光と轟音の不意打ちを食らうたびに、
「ひゃあああっ!」
「ひいいいいっ!」
「ひぇええええっ!」
特に怖くない場面でもビビリ散らかし、実況動画に撮れ高を提供し続けるベティ、タルラ、ジーンことヤンキー三人娘。
動画収録後、人としての尊厳と気力をごっそり持って行かれた彼女達を、
「いやー、今日もお疲れ様! 一晩中ずっとこの嵐は続くみたいだけど、明日に備えてしっかり寝てくれよ!」
満足げな笑顔で大嵐の真っ只中に放り出す、もとい帰宅させるエイジン先生。
「そう思うんなら、ハナッから疲れさせる様なことするんじゃねえ!」
「大体、こんなやかましい晩にぐっすり寝られるか!」
「テメエみたいな平民と違って、こちとら高貴なお嬢様育ちなんだぞ!」
とても高貴なお嬢様育ちとは思えない野卑な口調で言い返すヤンキー三人娘。
「嘘つけ。俺らがカウンセリングしてた間、車の中でぐっすり寝てたじゃねえか」
ああ言えばこう言ういつものエイジン先生。
一メートル歩くのさえ難儀な暴風雨の中、エイジン先生に悪態をつきながら胴長リムジンに乗り込んだヤンキー三人娘が帰って行くのを見届けてから、
「あれだけ車の中でぐっすり寝てしまっていたら、もう今晩は寝付けないのでは?」
至極もっともな疑問を口にするアラン君。
「昼寝し過ぎて、一晩中眠れなくなった子供みたいなもんだな。自業自得って奴さ」
酷い事をしておいてその責任を被害者にしれっとなすりつけるエイジン先生。
その後、アラン君と別れて自室に戻り、動画編集の準備を整えた後、携帯からガル家で留守番中のグレタとイングリッドに電話を掛け、
「待ってたわよ、エイジン!」
「今日は映像ありの通話でお願い出来ますか、エイジン先生?」
「分かったよ、ほれ」
二人の要望に応えるべく、エイジン先生がビデオ通話に切り替えた次の瞬間、
「あなた! 一体、いつお戻りになられるのです!」
「婿殿! お勤めと称して浮気三昧もほどほどになされませ!」
時代劇よろしく丸髷のカツラを被った着物姿のポンコツ主従が画面に映し出され、芝居がかった口調で訳の分からない事を言い出した。
「一体どういう設定だよ!」
すかさず突っ込むエイジン先生。
「エイジンの世界の八十年代の人気ドラマを参考にしたの」
「エイジン先生は毎日嫁と義母にいびりまくられる冴えない婿養子という設定です」
「俺はどこぞの仕事人か。金で恨みを晴らす人殺し系の」
「ただの定期報告だけだと、何か寂しいの!」
「そんな訳ですので、たまにはこういう茶番にも付き合ってください、婿殿」
「誰が婿殿だ。そもそも俺は他人の恨みを晴らしてやるほどお人好しじゃねえぞ。どうせあのドラマの依頼人は死ぬんだから、金だけ受け取って知らん顔を決め込むわ」
「最低ね!」
「いっぺん三味線の糸で木の枝から吊るして反省させましょうか」
「婿いびりがハード過ぎやしないか? まあ、こんなアホな事をしてる位だから、そっちは平穏無事なんだろう。また必要な品物のリストを送っといたから、よろしく頼むぜ」
「アホって何よ!」
「アホと言う方がアホですからね、エイジン先生。それはそうと、リストを拝見しました。何やらラブコメ漫画が必要との事ですが、これはエイジン先生が個人的に読む用ですか?」
「いや、カウンセリングに使うんだ。教材としてな」
「教材?」
「なるほど。ラブコメ漫画には欠かせないラッキースケベについて、名家の御曹司に詳しく解説するのですね」
「どんなカウンセリングだよ。『ブランドン君を結婚させる』ってのが今回の任務だからな。結婚の前に、まず恋愛だろ」
「エイジンが恋愛について解説するの? 何それ、面白そう!」
「碌に経験のない者が漫画から得た生半可な知識だけで恋愛マスター気取りですか。とんだ茶番ですね」
「あんたにだけは言われたくねえよ。別に真面目に恋愛を講義する訳じゃなく、『仕事してます』っていう体裁を装う為の小道具さ」
「えー、エイジンの恋愛講義、聞いてみたいんだけど!」
「いっそ今ここで講義してください。とりあえず、『ラッキースケベの技法と効果』からお願いします」
「ラッキースケベしかラブコメ漫画に求めてないのか、あんた。まあ、重要なポイントである事は否定しないが」
「重要なの?」
「非常に重要です、お嬢様。友達以上恋人未満の男女が、互いを強く意識して行く上での必須イベントですから」
「読者アンケートで高順位を狙う為の人気取りって意味合いの方が強いと思う。特に話の前後の流れをぶった斬って唐突に挟まれる場合な」
「妙に醒めてるわね」
「それもありますが、やはりラッキースケベこそはラブコメ漫画の華! 『わざとじゃないから仕方ないよね』という言い訳が用意された嬉し恥ずかし健全エロ! ラッキースケベのないラブコメ漫画など、砂糖の入っていないカルメ焼きと同じです!」
「砂糖が主原料だから作れねえじゃねえか、それ」
妙に醒めてるエイジン先生。




