▼531▲ 野獣先輩の人気に嫉妬する王子
吹きすさぶ風と降りやまぬ雨とひっきりなしに落ちる雷が猛威を振るう夜、人気のない廃病院の一室、というまるでホラー映画のワンシーンの様なシチュエーションの中、
「『最初、主人公とヒロインは互いを恋愛対象として見ていない』ってのが、ラブコメでありがちな王道パターンだ。主人公とヒロインがいがみ合っていたり、主人公が別の女の子に憧れていたり、ある日突然二人が許嫁であると告げられたり。そんなゼロのスタートから数多の甘酸っぱいイベントを経て徐々に惹かれ合う様子が物語のキモになる」
ホラーと対極にある萌え萌えキュンキュンなラブコメ漫画について講義しているエイジン先生。
「そういう意味じゃ、ブランドン君もその手のラブコメ漫画の主人公っぽいな。鬱蒼とした森の中に住む呪われた一族の御曹司と、そのお相手として送り込まれたヒロインとのドキドキワクワクな日々の物語なんて、探せばいくらでもあるんじゃないか」
「まんま『美女と野獣』のパターンですからね。まあ、僕の場合はどうあがいても呪いは解けないんですが」
己の呪われた境遇を軽く笑い飛ばす呑気なブランドン君。
「大丈夫、アニメだとむしろ呪いが解ける前の野獣の姿の方が人気が高い」
世界に名だたる某アニメ会社の映画をディスった後、ふと、窓の外を見て、
「こりゃ、当分やみそうにないな。雨が上がるまで待ってたら深夜になっちまうから、そろそろ今日のカウンセリングはお開きにしようか」
と宣言するエイジン先生。なお、カウンセリングは全くしていない模様。
「ヴィヴィアン様には、『今日のカウンセリングでは、「ラブコメ漫画に学ぶ恋愛テクニック! 落ちるまで辛抱強く待て!」というテーマでブランドン君にレクチャーしておきました』、とメールしておこう。実際に落ちるのはヒロインじゃなく数億ボルトの高圧電流だが、細かい事は気にしない!」
さらに、いけしゃあしゃあと雇い主に虚偽の報告をする始末。
「ははは、ラブコメ漫画って色々な事を学べるんですね」
「ただし、ラブコメ漫画から恋愛テクニックを学ぶのだけはやめといた方がいい。格闘漫画を読んで格闘に強くなろうとするのと一緒だ」
「肝に銘じておきます。現実とフィクションを混同する位痛い事はありません」
図らずして、エロ漫画から男を誘惑する方法を学ぼうとするどこぞの駄メイドを刺してしまうブランドン君。
「そう。ラブコメ漫画はあくまでも都合のいい夢を見せてくれるフィクションに過ぎない。でも、砂を噛む様な味気ない青春を送っている若者達には、その手のフィクションが必要なのも分かるだろう?」
「すごくよく分かります。僕にとっては人形劇がそれです」
そう言って、ちょっと恥ずかしそうに頭をかくブランドン君。
「そこさえ弁えておけば大丈夫。じゃあ、明日までにラブコメ漫画を何タイトルか用意するから、暇を見て読んでみてくれ。もし、ヴィヴィアン様も興味を持って読みたがったら、遠慮なくどしどし読ますといい。漫画に夢中になっている間は、ブランドン君への圧も弱まるし」
「ありがとうございます。むしろ母の方がハマると思います」
こうして当主に対するささやかな悪巧みを企てたエイジン先生とブランドン君は、不安の色を隠せないアラン君と共に、激しい雨の降りしきる中、廃病院の前に停めてある胴長リムジンへ駆け込み、そこでぐったりと眠りこけていたヤンキー三人娘を叩き起こして帰途についた。
ブランドン君を屋敷に送り届けた後、
「今日の夕メシは高級伊勢海老のフライだそうだ。でっかいのを丸ごと一匹揚げたやつな。サクサクした衣とジューシーでプリップリな肉とのハーモニーがたまらんらしい。今から楽しみだな!」
今日も色々あり過ぎて疲れたヤンキー三人娘を食い物で釣って元気づけようとするエイジン先生。
「どうせその後、ホラゲーやらされるんだろ」
「アタシらの心は結構デリケートなんだぞ」
「また金縛りにあったらお前のせいだからな」
当然元気など出る訳もないベティ、タルラ、ジーンことヤンキー三人娘。
それでも旅館で巨大な伊勢海老フライの現物を前にすると、途端におやつを与えられた犬猫の様に機嫌が直ったので、
「ハーブを食えば回復するホラゲーの主人公みたいなもんだな、こいつら」
今日も元気にホラゲー実況をやらせる気満々のエイジン先生。




