▼530▲ ラブコメにおける雷の正しい役割と誤った使用法
外が急速に暗くなり、風が強まって横殴りの雨粒が散発的に窓を叩き、遠くからゴロゴロというくぐもった音が聞こえ出すと、
「お、予報通り、今晩は激しい嵐になりそうだな」
やおらソファーから立ち上がり、持参した紙袋を持って窓辺に行き、ワクワクした表情で地上を見下ろすエイジン先生。その視線の先にはヤンキー三人娘が乗った胴長リムジンが待機している。
「雷も鳴ってますし、あの三人にも建物の中に入るように言った方がいいんじゃないですか?」
どうしようもない悪ガキ共を心配する心優しいおばあちゃんの様なアラン君。
「あいつらは放っとこう。雷が落ちたって、金属のボディーと導電性ゴムのタイヤを伝って地面に電気が逃げるから、車の中は安全だ」
そう言って、紙袋からハンディカメラと三脚を取り出していそいそとセッティングを始めるエイジン先生。
「一体何をしてるんです?」
興味深そうに尋ねるブランドン君。
「いや、車に雷が直撃する瞬間が撮れたらいいなあ、と思って」
ニッコリしながら答えるエイジン先生。
「ああ、安全とはいえ、直に落ちたら彼女達もさぞびっくりするでしょうね」
サーカスを観に来た少年の様な期待に満ちた表情をするブランドン君。
そんな二人を、この人達に人の心はないのか、と言いたげに眺めながらため息をつき、
「そんな狙い澄ました様にピンポイントで車に落ちるとも思えませんが。雷に打たれる確率って、ものすごく低かった気がします」
もっともな意見を述べるアラン君。
「まあ、直撃じゃなくても車のすぐ近くに落ちてくれればいいさ」
「うまく落ちるといいですね。稲妻ってすごく綺麗ですから」
人の心をどこかに置き忘れたエイジン先生とブランドン君。
かくて、百万分の一以下の確率の映像を撮影する準備を整えてから、カウンセリングを再開し、
「ラブコメだと雷ってのは割と重要な役割を持っている。怯えるヒロインが主人公に抱きついたり、停電になって暗闇の中で主人公が転んでヒロインを押し倒したり」
「ヒロインを屋外に放置して雷に打たせるのも、ラブコメではありがちなんですか?」
「ブランドン君、それラブコメやない、ただのギャグや」
「ははは、ですよね。そもそも、そんなひどい事をする主人公とどうやって恋に落ちろと」
「正に今、俺達がやってる事だけどな!」
そんなしょうもない話で盛り上がるエイジン先生とブランドン君。一応、自分達がひどい事をしている自覚はあるらしい。
外の風と雨と雷はいよいよ激しさを増し、
「よし、そろそろ頃合いか」
テーブルの上に置いたノートパソコンで、車の中のラジカセに仕掛けてある小型カメラの映像をチェックするエイジン先生。ビビリなヤンキー共がラブコメのヒロインよろしく雷にさぞ怯えているかと思いきや、
「全員寝てますね……よっぽど疲れたんでしょう」
ブランドン君の言う通り、そこに映っているのはだらしなくソファーにもたれて眠っている三人の姿だった。
「この悪天候の中でグースカ寝れるんだから大したタマだ。しかも、音楽をガンガン鳴らしたままと来た」
妙な感心をするエイジン先生。
「まさかわざわざ起こしに行くんじゃないでしょうね。雷へのリアクションだけの為に」
アラン君が心配そうに言う。
「俺もそこまで鬼じゃない。今はゆっくり寝かせておくさ、と言いたい所だが」
エイジン先生がそう言いかけた瞬間、窓の外が閃光で真っ白になるのと同時に激しい轟音が響き渡った。
雷が胴長リムジンに直撃したのである。
「んぎゃっ!!」
「ぐあっ!!」
「ぶぇっ!!」
変な悲鳴を叫びつつ、文字通りソファーから飛び上がり、しばしパニックに陥る画面の中のヤンキー三人娘。
「どうやらお笑いの神様は、あいつらを休ませるつもりがないらしいな!」
百万分の一以下の確率の貴重な映像が撮れて大喜びのエイジン先生。




