▼529▲ 全く同じシチュエーションで萌えラブコメを残酷ホラーに変える技法
品の良さげな家具とインテリアが備え付けられた高級ホテルのスイートルームかと見紛う広々とした病室内に入り、見舞客用の黒い革張りのソファーにどっかと腰掛け、
「いかにも各界の大物が入院する病室って感じだな。抗争中に撃たれて瀕死のマフィアのボスとか、汚職がバレたんで仮病で逃げようとする政治家とか」
各界の大物について偏見に満ちた想像をするエイジン先生。
「いずれにせよ、庶民には一生縁のない場所ですね。下手をすると一ケ月分の家賃より一日分の差額ベッド代の方が高くつくかもしれません」
隣に腰掛け、格差社会の無慈悲な現実をまざまざと見せつけられてため息をつくアラン君。
「出来れば一生縁がない方が幸せですよ。どんなにいい部屋でもずっと閉じ込められたら嫌になりますから」
白いテーブルを挟んで二人と向かい合って座り、苦笑いしつつ正論を説くブランドン君。
「このリング家の森もまた然り、か」
窓の外を眺めながらしみじみと言うエイジン先生。まだ夕暮れ時だが、今にも降りそうな厚い雨雲が空を覆い始めているのでいつもより暗くなるのが早く、ただでさえ鬱蒼としている森がより一層不気味なムードを醸し出している。
「僕はまだ自由に森の外へ出られるだけマシです。母や、いずれ出来る娘の事を思えば不平は言えません」
「殊勝な心掛けだな。じゃ、その母親を言いくるめて娘を作るのを先延ばしにする方法を検討しようか」
殊勝な青少年を悪の道に誘い込もうとするエイジン先生。
「母の説得は全てエイジン先生にお任せしますが、何か僕に手伝える事はありますか?」
「俺の説得の効果を高める為に、日々の生活の中でそれとなく『彼女を作ろうと頑張ってます』的な姿勢をお母さんにアピールしてくれると助かる。『今は女の子と付き合うより他にやりたい事が一杯ある』という本音をぶちまけてやりたい所だろうが、そこは『嘘も方便』だ。
「要はヴィヴィアンさんに、『現在息子と付き合っている女はいない』事を納得してもらえりゃいいんだが、『いない』事を証明するのは難しい。『ホントはいるんじゃないか』という疑いがいつまでも消えずに残る。
「ならばいっそ、『彼女が欲しいから、色々と出会いを求めている』と嘘をつくんだ。こうして希望を未来につなぐ事により、ヴィヴィアンさんも『息子に女はいない』という辛く厳しい現実を受け入れ易くなる」
「はは、僕に彼女がいないのが『辛く厳しい現実』ですか」
妙な言い回しがツボにはまったらしく、笑いがしばし止まらなくなるブランドン君。
ようやく落ち着きを取り戻すと、
「でも普段から、『いい人がいればお付き合いしたい』位の事は言ってますよ」
「それじゃ『明日から本気出す』と言い張る二ートと同じだ。母親は絶対納得しない。必要なのは具体的な行動だ」
「と言いますと?」
「とりあえず『恋愛にも興味がある』事を示す為に、自分の部屋にたくさんラブコメ漫画を置いてみよう。ちなみに、その手の漫画は読む?」
「いえ、どっちかと言うとバトルとか冒険とかの方が好きです」
「だろうなあ。けど、視野を広げるいい機会だと思って、普段読まない甘ったるいジャンルにも挑戦してみてくれ。同じ名前の二人の美少女から言い寄られたり、ビデオを再生したらテレビ画面から美少女が出て来たり、美少女だらけの女子寮の管理人になったり、美少女だらけの島に漂流してみたり」
「美少女が多いですね」
「ブスだったらホラーだろ」
ルッキズム的に問題のある発言をブチかまして笑うエイジン先生。




