▼526▲ たった一つの違和感から無限の恐怖を引き出す心霊写真
結局、診察と検査をスムーズに受ける為の黒ジャージ姿のまま、ハンディカメラを片手に構え、ペッタン、ペッタン、とサンダルの足音を反響させて、人気のない廊下をダラダラ歩いて行くベティ、タルラ、ジーン。
「あー、かったりぃ」
「何でアタシらがこんな面倒くせぇことやらなきゃならねぇんだ」
「さっさと回っちまおうぜ」
幸い、まだあちこちの大きな窓から自然光が入ってそこそこ明るいので、このビビリなヤンキー三人娘もそれほど恐怖を感じている様子もなく、
「病院の中を撮って回るとか、どこに需要があるんだよ」
「誰得動画にも程があるわ」
「撮ってる映像を監視されてなけりゃ、いくらでもサボれるんだけどな、畜生」
ぶつぶつ不平を言いながらも、外来診療がメインで診察室と検査室が並ぶ一階の巡回を終えると、廊下の端にある階段から二階へ上がって行った。
二階から上は入院病棟となっており、似た様な造りの病室を一つ一つ確認しながら進んで行くと、
「なんだ、ありゃ?」
不意にベティが何かに気付き、全員その場で立ち止まる。
見ると、長い廊下の突き当たりにある別の階段へ向かう曲がり角の、床から約一・五メートル程の高さに、何か灰色っぽい掌大の物体がへばりついていた。
「げ、でっかい蛾か?」
露骨に嫌そうな顔をするタルラ。
「ここからじゃ、遠くてよく分からねえな。カメラの画像で確かめようぜ」
自分のハンディカメラをそちらに向けてズームするジーン。
液晶画面が一瞬ボケてからピントが合うと、そこには巨大な蛾でなく、骨と皮ばかりにやせこけた血色の悪い人の手が映っている。
「ひっ!」
「ひっ!」
「ひっ!」
まるで誰かが曲がり角の向こう側から、「ココニイルヨ」、とあえて自分の存在をアピールしているかの様に。
「絶対、エイジンの罠だろ!」
「あそこまで行ったら、急に飛び出して追っかけて来るに決まってる!」
「何度も引っ掛かるかっての、バーカ!」
一応これまでの苦い経験から学習してはいるものの、
「けど……行くしかねえのか」
「正体がアイツだって分かってても、薄気味悪ぃんだが」
「なあ……もし正体がアイツじゃなかったら?」
それを何一つ活かせず、逆に怖い妄想に陥ってしまい、そこから一歩も先に進めなくなるヤンキー三人娘。
静まり返った人気のない午後の病院。確かにそれだけなら何の変哲もない、ごく普通の光景である。
しかしその普通の光景は今や、「壁に不気味な手」、というたった一つの違和感が加わるだけで、無限の恐怖に満ちており、
「い、一旦、下に戻ろうぜ」
「お、おう」
「そ、そうだな」
ついうっかり夜中に心霊写真を見てしまった子供の様に顔を引きつらせてくるりと方向転換し、ハンディカメラを構える余裕もなく、徒競走ばりの早歩きでスタスタと廊下を戻って行くヤンキー三人娘。
途中、チラッ、チラッ、と心配そうに後ろを振り返りながら、徐々に速度を上げて行き、階段を下りる頃にはもう小走りになっていた。
「まさか、追っ駆けて来ねえだろうな!」
「アタシら、何にもしてねえし!」
「来るなよ! 絶対、追って来るなよ!」
結局、全力疾走で一階の受付カウンターまで戻ると、そこでアラン君と待っていたエイジン先生に向かい、
「二階に変な奴がいるぞ!」
「ここで映像見てたなら、もう分かってんだろ!」
「おい、何とかしろ! 何とか!」
真っ青な顔で必死に訴えるヤンキー三人娘。
そんな三人に対し、金の斧と銀の斧を手に木こりの正直度を試そうとする昔話の女神の様ににっこりと微笑んで、
「君達が見た変な奴って、もしかしてコレのことですか?」
受付カウンターの上に、ポン、と、骨と皮ばかりの血色の悪い人の手を模した手袋を置くエイジン先生。こうして近くでよく見れば、作り物感満載のチープなパーティーグッズである事は一目瞭然であり、
「あ」
「あ」
「あ」
恥ずかしさと悔しさで、顔の色が歩行者用信号よろしく青から赤に切り替わるヤンキー三人娘。
「君達が一階をダラダラ巡回している間に、向こうの階段を上がって、コレと同じ物を両面テープで壁に貼り付けておきました。という訳で」
そう言いながら、カウンターの上に置いてある撮影画像監視用のノートパソコンの画面を相手側に向けるエイジン先生。
そこには白い背景に大きな赤い文字で「ドッキリ大成功!」と表示されていた。
「くだらねえことしてんじゃねえ!」
「死ね! 今すぐ死ね!」
「コレに何の意味があるってんだよ!」
涙目でカウンターをバンバン叩きながらわめき散らすヤンキー三人娘。
「これは、『何か変わった物を見つけても、落ち着いて観察しましょう』、っていう教訓です。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』、と言い換えてもいいかもしれませんね!」
そんな彼女達のリアクションを満足げな笑みを浮かべて眺めつつ、
「それはそうと、まだ探検は終わってないだろ。さっさと残りも見回って来い」
無慈悲にミッション再開を命じるエイジン先生。