▼52▲ ドッキリ番組向きの人材
最初はスコップで穴を掘っては埋め戻し、次は電灯のスイッチ紐でシャドーボクシング。
武術の修行と称してこんなアホな事ばかりやらされたら、普通は騙されている事にすぐ気付くはずだが、古武術というものをよく知らずに過大評価している悪役令嬢のグレタは、未だ詐欺被害に遭った事を自覚出来ていない。
「で、今度はどんな修行なの?」
そんな訳で、紐シャドーを終えた翌朝の稽古場で、それとは知らずに喜々として自分から詐欺に引っ掛かりに行くグレタ。まさに葱を背負ったカモ。もしくはブラック企業の洗脳済み従業員。
「昨日までの修行で、掌による突きは大分慣れた様だが、このままでは拳を掌に変えただけの単なる突きに過ぎない。しかし会得しようとしているのは、力による破壊でなく、対象に衝撃波を与える打撃なのだ」
もっともらしくそう言って、エイジン先生は持参した紙袋の中から、オムレツ大のレンズ形に折り畳まれた、カラフルな色が付いている紙を取り出した。
「これが何だか知っているか?」
「いいえ、見た事もないわ」
「これは俺のいた世界に昔からある玩具で、『紙風船』と言う物だ」
エイジンは息を吹き込んで、折り畳まれていた紙風船を丸く膨らませた。
「紙風船?」
「そう、子供達はこれをビーチボールの要領で遊ぶ」
エイジンが軽くトスを上げると、紙風船がふわふわと宙に弧を描いてグレタの前に落ちて来る。
グレタはそれを両手でそっと受け取って、
「これを掌で突けばいいの?」
軽く投げ上げ、落ちて来る紙風船に素早く右の掌で突きを入れ、エイジンの方に打ち返す。
エイジンはそれを受け取って、
「この紙風船には面白い性質があって、こうして潰しても」
開いている小さな穴から空気を抜くように押し潰して、くしゃくしゃに丸め、
「こうやって軽く弾いている内に、また復元するのだ」
掌の上でぽんぽんと何度も弾いていると、やがて紙風船は徐々に膨らみ、元の球体に戻って行く。
「面白いわね。一体どういう原理?」
「主に紙の復元力と空気の粘性によるものと言われているが、今そんな事はどうでもいい。今度の修行では、この紙風船を叩いて膨らます作業をやってもらう。掌から衝撃波を伝える打ち方のコツをつかむのが目的だ」
「簡単じゃない。楽しそうな修行ね」
「ただしその際、紙風船はくしゃくしゃに丸めた状態からではなく、最初のレンズ形に畳まれた初期出荷状態から始めてもらう」
「難しいの?」
「やってみれば分かるが、くしゃくしゃに丸めた状態の倍以上の手間がかかる。ここに用意した分の紙風船を全て膨らましたら、この修行は終了だ」
エイジンは紙袋をグレタに渡して中身を見せた。そこにはレンズ形に折り畳まれた紙風船がぎっしり詰まっている。
「い、一体いくつあるのよ、これ」
「三百個だ」
ここまでされても、まだ騙されている事に気付かないグレタだった。




