▼511▲ 無邪気な子供の笑顔に癒される夕べ
いわくつきの古井戸で霊を思いきり罵倒するという罰当たりをやらかし、その結果、自分達が霊に取り憑かれてしまったのではないかという不安にビビりまくる自業自得なベティ、タルラ、ジーンことヤンキー三人娘。
鬱蒼とした暗い森、人気のない広場、古いレンガ造りの建物と、昼間でもどことなく薄気味悪いのに、宵闇が立ち込めるにつれてさらにホラーチックになる外の風景を見ない様に、現在全ての窓のカーテンを閉め切って胴長リムジンに籠城中。
「あの野郎、また何か仕掛けて来るに決まってる」
「絶対、カーテンは開けねーからな」
「そう何度も騙されるかっての」
騙されるものかと意気込んではいるが、それはそれとして霊は怖いので、騙す側から魔除けとして提供された八十年代の魔法少女アニメの主題歌集をバーカウンターの上に置いたバブルラジカセでガンガン鳴らしており、もうこの時点で既に思いっきり騙されている。
やがて再生中のカセットテープのA面が終了し、オートリバース機能によってB面に移行した。テープの回転方向が切り替わる際、ガチャッ、という音がするのだが、
「ひっ!」
「ひっ!」
「ひっ!」
そんなレトロなガジェットに慣れていないナウでヤングな三人娘は、仲良く揃ってソファーから腰を浮かし、
「な、なんだよ!」
「ラジカセがぶっ壊れたのか?」
「いや、曲が始まった。畜生、驚かしやがって!」
心臓をバクバクさせながら、再びソファーに腰を落ち着ける。
またしばらくすると、今度は曲が途切れ、そのままウンともスンとも言わなくなり、
「全曲終わったのか?」
「もう一度テープを巻き戻して再生すんじゃなかったっけ」
「巻き戻しボタンはどれだよ」
三人娘がバブルラジカセに顔を近づけた所で、突然、ジィィィ、というモーター音と共にCD用のトレイが前に飛び出した。
「ひっ!」
「ひっ!」
「ひっ!」
顔をひきつらせてのけぞるヤンキー三人娘。そのリアクションに満足した様に、トレイは再び、ジィィ、と音を立てて引っ込んで行く。
「何なんだよ今のは!」
「古いから壊れてるんじゃねえのか!」
「驚かすんじゃねーよ、このポンコツが!」
機械に向かって本気で怒るヤンキー三人娘。
クスクス
「え、今、笑った?」
「いや、何か子供の声っぽくね?」
「ラジカセだろ」
クスクス
「今のは絶対ラジカセからじゃねえぞ!」
「カーステの方じゃねえか?」
「誰が点けたんだよ」
そんな得体の知れない子供の笑い声がするだけでも相当不気味なのに、
一、車内の前後のスペースはカーテンで仕切られており、後部にいる三人からは前の座席がまったく見えない。
二、カーステレオのスイッチは前の座席に行かないと操作出来ない。
三、現在、前の座席には誰もいない。
この三つの事実がヤンキー三人娘の恐怖心をさらにかき立てる。
まず、三番目の事実をしっかり確認すべきなのだが、誰も仕切りのカーテンを開けようとはしない。
クスクス
そんな彼女達を挑発する様に、仕切りのカーテンの向こうから子供の笑い声。
「あ、あれだ! エイジンの奴が何か仕掛けやがったんだ!」
「そ、そうだ! またドッキリに決まってる!」
「ぜ、絶対カーテンは開けねえからな!」
たった一枚のカーテンで隔てられたその向こうを覗く度胸もなく、ひたすら吠えまくるだけのヤンキー三人娘。
クスクス
「今、後から聞こえた!」
「移動してる?」
「外か? 外に誰かいるのか!」
もちろん、誰も後の窓のカーテンを開けようとはしない。
クスクス
今度は上から。
「ひっ!」
クスクス
続いて下から。
「ひっ!」
怯えてソファーの上で身を寄せ合うヤンキー三人娘。
「車の回りをグルグル回ってんのかよ!」
「いや、それにしちゃ移動すんのが速すぎね?」
「ってか、人がいる気配全然しねーんだけど」
もちろん、誰も外に出て確かめようとはしない。
ソトニデテ アソボウヨ
「ヒッ!」
「しゃべった!」
「絶対出ねえし、遊ばねえ!」
無邪気な子供の誘いを無下に断る三人娘。
ジャア ソッチニ イクネ
「え」
「え」
「え」
ややあってバブルラジカセのスピーカーから、
キ タ ヨ
子供の声がクリアに聞こえ、その直後、前後左右上下から、
クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス
クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス
クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス
例の無邪気な笑い声が、夏の終わりの蝉しぐれの様に立体音響で聞こえて来た。
「ひいいっ!」
「ひいいっ!」
「ひいいっ!」
怯えきった表情で辺りを見回すヤンキー三人娘。
と、彼女達が振り返るのと同時に、背後のカーテンに子供の無邪気な笑顔が浮かび上がる。
ただし、その子供の目には眼球がなく、ぽっかり空いた空洞からは、真っ赤な血が頬を伝って流れ落ちていた。
仲良く揃って悲鳴を上げ、胴長リムジンから勢いよく飛び出し、裁判所に向かって広場を全力疾走するヤンキー三人娘。
古びたドアを乱暴に、バタン、と開け、荘厳な雰囲気を持つ玄関ホールになだれ込んだ彼女達の目に飛び込んで来たのは、
『ドッキリ大成功!』
と書かれたプラカードを掲げるエイジン先生の姿だった。
フルマラソンを完走したランナーの様に、その場にへたりこみ、
「畜生、分かってたんだ! 分かってたのに!」
床を拳で、ドンッ、と叩いて悔しがるベティ。
「いくらなんでも、アレは反則だろ、アレは!」
涙目で抗議するタルラ。
「アタシらをおちょくるのが、そんなに楽しいか、ああ?」
聞くだけ無駄な事をつい聞いてしまうジーン。
「すっごく、楽しいヨ!」
実に爽やかな笑顔でお約束な返答をするエイジン先生。




