▼510▲ 親に家庭用ゲーム機を窓から投げ捨てられる子供
裁判所に到着し、建物の中に入るや否や、
「盗聴対策の為、カウンセリング会場はランダムに変えよう」
そう言って、昨日使用した部屋でなく、その二つ隣の部屋を選び、ドアに目印のポスターを何のためらいもなく貼り始めるエイジン先生。
「今日はエリマキトカゲじゃないんですね」
勝手に貼られたポスターを見ながら、まだ少し後ろめたそうな表情で言うアラン君。そこには両手で持ったポータブルヘッドフォンステレオで音楽を聴きながら、直立不動で目を閉じている猿の姿が写っていた。
「八十年代はこういうカセットテープ用のヘッドフォンステレオが爆発的に普及した時代でな、色々なメーカーから多種多様な製品が次々と発売されている。この『瞑想する猿』は、それらの代表格とも言える一番有名なメーカーの広告だ」
「『瞑想する猿』ですか。どことなく哲学的な雰囲気が漂ってますね」
「まあ実際は、眠くて撮影の最中にウトウトしてただけらしいが」
「まさか、この猿もエリマキトカゲみたいに過労死したんですか?」
「大丈夫。この撮影の後も二十年近く生きて、無事天寿を全うしたそうだ」
そんなどうでもいい話をしながら二人が部屋の中に入って待機していると、陽が暮れかけた頃合いになって学校帰りのブランドン君もそこへ現れた。
三人揃った所で早速カウンセリングを始めるのかと思いきや、
「そもそも『霊』なんてこの世に存在しない。人は死んだらそれっきりで無に帰る。そんな残酷な事実を認めるのが怖くてしょうがないから、死後も存在する『霊』という幻影を創り出すんだ」
カウンセリングとは全く関係ない話を唐突に語り出すエイジン先生。
「しかし存在しないからと言って、『霊』を侮辱する行為をみだりにすべきではない。なぜなら、それは『霊』という幻影に大なり小なり心の安らぎを求める多くの人達からの反感を買うからだ。
「積もり積もった反感は、いつか思いがけない形で災いとなって返って来る可能性がある。つまり、結果的に『霊による祟り』と同じ効果をもたらしかねない。
「死者自体は侮辱された所でもう何とも思わないし、そもそも何も出来ないけどな。結局、生きている人間の方が遥かに怖い、という事さ」
そこで一旦話を切ると、テーブルの上に置かれたノートパソコンを操作して、
「以上を踏まえて、本日の心霊ドッキリ大作戦、はっじまっるよー!」
ディスプレイに、胴長リムジンの中で待機しているヤンキー三人娘こと、ベティ、タルラ、ジーンの現在の様子を映し出し、
「あのバブルラジカセの内部にワイヤレスの小型カメラとマイクをこっそり仕込んでおいたんだ。ははは、特攻服着たヤンキー女が車に籠って霊にビビってるって絵面だけで笑えるな!」
妙なテンションではしゃぐエイジン先生。
「何か言ってる事とやってる事が全く逆なんですが。これこそ『霊』を侮辱する行為以外の何物でもないんじゃないですか、エイジン先生?」
突っ込まざるを得ないアラン君。
「大丈夫! あいつらをおちょくり倒すだけで、『霊』は侮辱してない!」
自分勝手な詭弁を弄するいつものエイジン先生。
「カウンセリングはどうするんですか!」
「これが終わったらやるよ!」
ゲームに夢中で親がせっついても宿題を中々やらない子供状態のエイジン先生。
「すみません、ブランドンさん。カウンセリングは少し待ってもらえますか?」
そんなエイジン先生になり代わって謝るアラン君。
「構いません。これも母がエイジン先生に依頼した仕事なんですよね?」
全く気にしてない様子で、快活な笑顔と共に答えるブランドン君。
それを聞き、後ろめたそうな表情になって力なく笑うアラン君とは対照的に、
「さて、今日はあいつら何分で車から飛び出すかな?」
目を輝かせながら心霊ドッキリ大作戦を開始する、とても楽しそうなエイジン先生。




