▼506▲ 孤独でズボラで軍師なグルメのやたら長いひとりごと
「そこで俺は、このほのぼのとした早朝の会話を打ち切って、自分の部屋に戻って寝たんだ。アンソニーのオッサンはまだ俺について色々と聞きたがってた様だが、何しろ眠くて眠くて」
昼過ぎまでぐっすりと寝た後、のそのそと起きて食堂に赴き、そこで待っていたアラン君と遅めの昼食をとりつつ、朝の一件について報告する、まだ浴衣姿のエイジン先生。
「ほのぼのとは縁遠いかなり物騒な会話だったと思うんですが。それはさておき、色々あったアンソニーさんも今はここで普通に働いているのなら、特に問題なさそうですね。ただ、例の事件の動機については、正直言って理解が追い付きません」
片や午前中に起き、既にスーツへ着替えを済ませているアラン君。テーブルを挟んで向かい合っているだらしない格好のエイジン先生の話に真面目な表情で聞き入っている。
「人が行動に至る理由ってのは一つじゃない。例えば『今日昼飯何食おうかな』って時だって色々と考えるだろ。その日の体調、腹の減り具合、財布の中身、朝何食ったか、とか」
「まあ、確かに。もっとも、今は提供されたものをそのまま食べてますけど」
「複数の条件を検討して絡み合わせた結果がその日の昼飯だ。だから、『何で、今日はそれにしたんだ?』と聞かれても、正確に答えられるもんじゃない。せいぜい、無難な理由を一つか二つ答えて終わりだろ」
「ええ。多分、聞いた相手も会話の流れであって、特に正確な回答が欲しかった訳じゃないでしょうから」
「逆に、一々その昼飯を選ぶに至った経緯を事細かく陳述し始めたら気味悪がられるだろうな。もっともその手の描写を延々とやるグルメ漫画も存在するが」
「ものすごく鬱陶しそうですね」
「実際かなり鬱陶しいが、それを全部面白おかしく読ませてしまう所が芸だ。話を戻すと、アンソニーのオッサンが強盗をボコった動機だって一つじゃないだろうさ。本人が主張してる『人体実験』の他にも、色々な動機が絡み合ってると思う」
「エイジン先生が推測した、『社会に野放しになっている無礼者を許せない』誇りもその一つですか」
「ああ。さらに踏み込めば、もっとドロドロした深層心理も垣間見えるんだろうが、それこそあいつの専門領域だ」
「あまり見たくないですね。サイコホラーっぽいドロドロは苦手です」
「解剖実習で血とか臓器とか見て気分悪くなるのと同じかもな。慣れると何でもなくなるらしいが」
「……今このタイミングでそういう事を言いますか、エイジン先生」
ちなみにさっきから二人が食べているのはモツ煮込み定食である。
「ま、俺は精神科医じゃないから、そこまで深く踏み込む必要もない。浅い所にある分かり易い動機だけ見抜ければそれで十分。後はそれらを上手く使って人を煙に巻くだけだ」
「アンソニーさんを煙に巻くのは至難の業じゃないでしょうか。何しろ元本職ですし」
「下手するとこっちのトラウマの一つや二つほじくり返されて、思わず死にたくなったりしてな」
「エイジン先生が自責の念に駆られて死にたくなる場面だけはどうしても想像出来ません」
「失敬だな君は! こう見えても僕は繊細なガラスのハートの持ち主だよ?」
「どんな弾丸でも撃ち抜けない強化ガラスですね、分かります」
「ははは、レーザー光線も透過するやつな。冗談はともかく、アンソニーのオッサンはかなり謎な所もあるが、まるっきり理解不能って訳じゃない。何よりリング家の人間について独特な視点から色々と教えてくれる貴重な情報源だ。上手く利用出来れば、今回の仕事に大いに役立ってくれるだろうよ」
私利私欲の為に人を利用する気満々な、いつものエイジン先生。