▼503▲ 転職する度にどんどん悪くなる待遇
「警察の事情聴取は、ほとんど誘導尋問に近いものでした。彼らは自分達の仕事を楽にする為のフォーマットに私を落とし込もうと、躍起になっていたのです」
穏やかに微笑みながら、ゆったりとした品の良い口調で、警察をバカにするアンソニー。
「アレか。『むしゃくしゃしてやった』とか『相手は誰でも良かった』とか『今は反省してる』とか、微妙かつ複雑なディティールをバッサリ切りて捨てて単純化した、昭和のソフビ人形みたいな証言を引き出そうとしてたんだな」
皮肉っぽい笑みを浮かべながら、お天気の話でもする様な軽い口調で、同じく警察をバカにするエイジン先生。
「はは、中々ユニークな例えですね。その通りです。ただ、この場合は逆に、警察は無罪放免にしようとして、『正義感』、『人命を守る為』、『殺意はなかった』、そんな聞こえのいい言葉を私の口から言わせようと頑張っていましたよ」
「しかし、あんたは、『ただの個人的な興味本位の人体実験です』、と主張して譲らなかった」
「ええ、嘘はつきたくなかったもので」
「取り調べに当たった警官も気の毒にな。心の中で、『俺の言う通りに証言すりゃ正当防衛で無罪なんだから、空気読めよ!』、と叫んでいただろうに」
「警官自ら偽証を唆すなど世も末です。私は善良な市民として真実を主張し続けた結果、無事逮捕されました」
「善良でも無事でもねえよ」
「その後、事実を捻じ曲げて無罪を狙おうと持ち掛ける弁護士を忍耐強く説得して、私の主張を受け入れさせ」
「説得てか、もう洗脳だろ、それ」
「裁判では有罪となり、執行猶予なしの実刑判決を勝ち取りました」
「被告側がそんなもん勝ち取ってどうする」
「裁判所を出て護送車に乗せられた私は密かに手錠を外し、監視に当たっていた二人の警官を倒して拳銃を奪い、運転手にそれを突き付け、『亡命したいので、リング家の森に向かってくれ』、と頼みました」
「とんでもない事をさらっとやらかすな、あんたは」
「警察無線で、『もし、そちらがこの楽しいドライブを邪魔する様な事があれば、三人の同乗者の命は保証しかねる』と伝え、その後もずっと警察側で用意したプロの交渉人と、無線で楽しくお喋りを続けていました」
「そりゃ、あんたは楽しかったかもしれないけど」
「リング家の森に到着してから、三人の人質はすぐに解放し、乗って来た護送車でそのまま帰ってもらいました。既にリング家には私の身柄を引き渡す様、警察から要請が来ていたのですが、当主のヴィヴィアン様はこれを突っぱね、私の処遇はリング家で決定する旨を返答します」
「治外法権だから、警察も一旦引き下がるしかないわな」
「私はすぐにリング家の裁判所に送られ、当主自らが裁判長を務める私設裁判に出廷させられました。裁判と言っても、執事が尋問を行い、それに私が答えるという、かなり大雑把な取り調べに近いものでしたが」
「執事って、あのグレゴリーか。真面目が服着て歩いてる様な感じの」
「そうです。奇しくも彼はリング家に執事として仕える以前は田舎で弁護士をやっていました。その生真面目な性格故に、あまり繁盛しない貧しい弁護士だったそうです」
「弁護士ってのは、金に汚くて悪どくて図々しい性格の方が儲かりそうだもんな」
「そんな彼ですから、当主が絶対の権限を持つ、ある意味無法地帯なリング家においても、外の世界の法律で保証されている人権のラインを尊重し、逃亡者の私に対して公正な態度で接してくれました」
「グレゴリーがリング家の良心だったって訳だ。確かにあの豪快なヴィヴィアン様だけじゃ色々暴走しかねない。どうしたって、しっかりした側近が必要になる」
「執事の尋問が一通り終わると、ヴィヴィアン様は即座に、『外の世界で不当判決を受けた正義の人を引き渡す必要はありません』、と私へ無罪を言い渡し、リング家で身柄を預かる事に決めました」
「あんたにとっちゃ、それこそ不当判決じゃなかったのか? ゲリラライブな人体実験の主張が認められなかったんだから」
「その主張自体を認めてくれた上での判決です。『動機はどうあれ、凶悪犯罪から一般市民を守った事に変わりはない』との事でした。ここでは法律や判例より当主の感情が優先しますし、何より誰にも当主の言葉に逆らう権限などありません」
「グレゴリーはその判決に反対してなかったか?」
「むしろ賛成の様子でした。脱走の際、警官に暴行を加えて脅迫した件に関してだけは有罪であると判断していましたが、ヴィヴィアン様から、『本来なら必要ありませんが、怪我をした警官の治療費と慰謝料をリング家から出します』、と言われて引き下がりました」
「タダの逃亡犯のあんたに、随分と温情的な措置を講じてくれたもんだな」
「その代わり、当分ここで警備員としてタダ働きするという条件を付けられました。外の世界で受けた判決の方が軽かった位ですよ」
「待遇の悪さに耐えきれずよその会社に転職したら、かえって待遇が悪くなったでござるの巻、か」
転職あるあるを披露するエイジン先生。言ってる本人は無職の様なものだが。




