▼502▲ 歯でギターを弾こうとして血塗れになる顔面
「あの事件について、もう少し詳しくお話ししますよ」
探る様にエイジン先生を見据えたまま、回想を始めるアンソニー。
「三人の強盗は銀行に入ると客を乱暴にかき分けながら窓口に向かい、一人が天井に向けて威嚇発砲した後、女子行員に銃口を突き付けて金を要求し、その間、残りの二人は周囲に向かって銃を構え、大人しく自分達に従う様に、と荒々しく言い渡しました」
「三人共殺傷能力の高い自動小銃を持ってたんだってな。下手すりゃその場にいた全員ハチの巣だ」
物騒な事を言いながら、肩をすくめるエイジン先生。
「こうなると人命最優先ですから、銀行側も下手に逆らわず金を出しました。もちろん、こっそり通報用の隠しボタンを押す事も忘れません」
「強盗側もそれは承知してるだろうよ。銀行強盗ってのは詰まる所、『警察が駆けつけるまでのわずかな間に、奪った金を持って安全な場所まで逃げ切る』っていう、分の悪過ぎる鬼ごっこに他ならない」
「仰る通りです。では何故その分が悪過ぎる鬼ごっこに、彼らは身を投じたのでしょう?」
「根がギャンブラーなんだろうな。それも破滅型のギャンブラーだ。たった一枚のカードに全財産を賭けて、すってんてんになるタイプ」
「私もそう思います。プロのギャンブラーなら、たった一枚のカードに全財産を賭けたりはしません。だからこそ、彼らは私の実験に打ってつけだったのです」
「考え無しの阿呆共は御し易い、と踏んだか」
「ええ。私は状況が何も分かっていないフリをして、彼らの方へゆっくりと歩き出しました」
「大した度胸だよ、あんた」
「珍しい昆虫を見つけたコレクターは、身の危険を顧みずに捕虫網を持ってどこまでも追って行くでしょう。それと同じです」
「銀行強盗のコレクターってか。命懸けにも程がある」
「無差別殺人犯のコレクターよりは安全でしょうね。実際、彼らは私に強い口調で戻る様に怒鳴り散らしましたが、いきなり撃ったりはしませんでしたし」
「うかつに死傷者を出すとパニックになる恐れがあるからな。あくまでも『武器でビビらせて言う事を聞かせる』のが銀行強盗の基本だ」
「しかし、彼らはすぐ撃つべきでした。彼らがモタモタしている間に、私は素早く間合いを詰め、まず女子行員に金を要求していた者から銃を奪うと同時に、床にその後頭部を叩き付ける様にして押し倒し、別の一人のアゴを奪った銃の台尻で殴りつけ、残り一人の喉を銃口で思い切り突きました」
「何その銃剣術の達人」
「エイジンさん程ではありませんが、私も日本の古武術を少々嗜んでいます。日本に滞在して、その手の道場に入門していた事もありますよ」
「ガチか。にしても、古武術も色々あるが、少々嗜んだ位じゃ何の役にも立たないぞ。さぞや良い師と良い門下生に恵まれた最高の道場で一生懸命修行に励んでたんだろうな」
「エイジンさんもまた然り、ですか?」
「いや、俺の場合、ペテン師とそれに騙される門下生という最悪の道場で古武術詐欺の手口を学んでただけだ。あんたは昨日会った時、俺を詐欺師呼ばわりしてたけど、あながちそれは間違いじゃない」
「その節は失礼しました。エイジンさんの過去については、もっと詳しくお伺いしたい所ですが、今は話を戻しましょう。私は床にのびている三人の強盗から全ての銃を取り上げた後、彼らの体を一ヶ所に寄せ集め、その顔面を順繰りに殴り始めました。それを遠巻きに見ていた客と行員からは喝采が起こりました」
「ヒーローだもんな。そこまでは」
「ですが、ぐったりして顔が血塗れになった強盗達を、私がいつまでもいつまでも殴り続けているのを見て、次第に喝采は止み、場の空気は凍りつきました」
「悪魔の所業だもんな。そこからは」
「もちろん、強盗達は自分達の犯行が失敗に終わる可能性も想定していたでしょう。スリル満点なカーチェイスの末に捕まったり、派手な銃撃戦の末に撃たれて死亡したりと、まるでアクション映画のワンシーンの様な妄想にちょっぴり酔っていたに違いありません」
「映画だとラスト五分辺りのクライマックスだ」
「まかり間違っても、ホラー映画のワンシーンの様に、突如現れた怪物に襲われるという事態は想定出来なかったでしょうね」
「映画だと冒頭五分辺りで惨殺されるモブの小悪党だ」
「血で真っ赤に染まった三人の顔には、私の望んだ『絶望』がありありと浮かんでいました。実験は大成功です。しかし、こうなると欲が出て来るもので、私はもっともっと彼らの『絶望』が見たくなりました。そこで――」
「あんたはそいつらの顔面に噛みつこうとした」
「そうです。彼らに『食われる恐怖』を与え、さらなる『絶望』を引き出したかったのです」
「だが、それは通報を受けて駆けつけた警官達に阻止された」
「無念至極とはこの事です。せめて頬肉の一つも噛みちぎりたかったのですが」
穏やかに微笑みつつ、狂気に満ちた発言をかますアンソニーに対し、
「歯ギターじゃないんだからさ」
臆することなく、飄々とツッコミを入れるエイジン先生。




