▼501▲ かわいそうなギターのおはなし
サイコパスかどうかを診断する心理テストの模範回答の様なアンソニーの発言に対し、
「俺が弁護士なら、あんたが狂人だと主張して心神喪失による無罪を狙うね」
負けじと悪徳弁護士の鑑の様な提案をするエイジン先生。
「残念ながら、私を狂人と診断する事は不可能です。元精神科医ですから、精神鑑定をすり抜ける方法も色々心得ています」
微笑みを絶やさずにやんわりとその提案を退けるアンソニー。
「答えを知ってる奴に心理テストを出題しても意味ないのと同じか。まあ、一時流行ったあの手の心理テスト本は胡散臭いのが多かったが」
「人の心の中を覗いてみたいという欲求は誰にでもあります。そして欲求がある所には必ず胡散臭い詐欺師が現れるものです」
「まったく、ロクでもない連中だな」
「人の心の中を覗いてみたいという欲求を抱く人がですか? それともその欲求に付け込む詐欺師がですか?」
さも愉快そうに尋ねるアンソニー。
「もちろん後者だ。下世話な欲求を抱くのは人である以上どうしようもない。だが、そのどうしようもない部分に付け込んで金儲けを企む奴はそれ以上に人としてどうしようもない」
ほとんど自己紹介に近い事をのたまうエイジン先生。
「確かに私が人の心の中を覗いてみたいと思うのもどうしようもない事です。ですから、そんな私の前に現れたあの三人の銀行強盗が実験体に選ばれたのもどうしようもない事でした」
「いや、その理屈はおかしい。『太陽がまぶしかったから人を殺した』位おかしい」
「ムルソーの深層心理も興味深いですが、それとはちょっと違いますね。私を強盗達に向かわせたのは、正義感でも、自己顕示欲でも、暴力衝動でもありません。単に見てみたかったのです」
アンソニーは世間話でもする様に淡々と、
「予期せぬアクシデントによって、一瞬で地獄に叩き落とされた人間の絶望を」
人としてかなり問題がある事を言い放つ。
「調子ぶっこいてた悪党がこっぴどく懲らしめられていい気味だ、っていう感情だったらまだ分かる。時代劇の視聴者と同じだ」
「それも違います。遠巻きに私の実験を眺めていたギャラリーの中には、そう思っていた者もいたかもしれませんが、実験中の私にそんな感情はありませんでした。しいて言えば、珍しい楽器を戯れにかき鳴らして、その音色を楽しむ気持ち、の方が近いかもしれません」
「強盗を楽器にして演奏すんのかよ。これが本当のゲリラライブ、ってか」
「はは、上手い事を仰る。予告も無く突発的に行われた、という意味でも、まさしくゲリラライブです」
「銀行強盗が敢行したゲリラライブを、さらにあんたが乱入して乗っ取ったんだな。中々ロックな話だ」
「彼らのライブは実にお粗末でしたが、楽器としての彼らは素晴らしい名器でした。わずか数分間の演奏で、修復不可能な程壊れてしまいましたがね」
「昔、演奏の最後にギターに火を点けて燃やしたギタリストがいたな。ま、それはともかく、あんたにとっちゃ、正当防衛や心神喪失を主張するのは、あんたなりのポリシーに反する行為だった訳か」
「自分でわざわざギターに火を点けたのに、事故でギターが発火したと観衆に思われたままでは、燃えたギターも報われないでしょう?」
「燃やされたギターからすれば、どっちでも同じだと思うが」
かわいそうなギター。