▼498▲ ゾンビに襲われる夢を見る為のちょっとした工夫
「この森は道を外れると普通に遭難しかねませんよ。ましてや夜ですし」
着替えを済ませて顔色の悪いゾンビから顔色の良いイケメンに戻ったブランドン君と、
「と言うか、もう遭難してるかもしれませんね。三人共、携帯を車の中に置きっぱなしにしてますから……」
ゾンビに驚いて逃げたまま一向に戻って来る気配のないヤンキー三人娘の身を案じるアラン君に諭されて、
「仕方ない、探しに行くか。ったく、世話の焼ける奴らだ」
どの口が言うかとツッコミ所満載な、諸悪の根源ことエイジン先生。
かくて、懐中電灯を持つブランドン君、拡声器で呼び掛けるアラン君、「ドッキリ大成功!!」と書かれたプラカードを掲げるエイジン先生という即席の捜索隊が結成され、ヤンキー三人娘が逃げた方角に進んで行き、広場から三百メートル程離れた場所に生えている大木の下で、ガタガタ震えながら体育座りしていたベティ、タルラ、ジーンを無事発見する。
ブランドン君から事情を説明され、申し訳なさそうな、それでいて茶目っ気たっぷりな微笑みと共に、
「すみません、軽いおふざけだと思って僕も協力したんですが、ちょっとやり過ぎました」
と素直に謝られると、相手が当主の息子という事もあり、食ってかかる事も出来ず、
「全然平気ですから」
「大丈夫です、気にしないでください」
「そんなに怖くなかったです」
感情が消えた表情と口調で返答するヤンキー三人娘。
その後、胴長リムジンが停めてある広場まで戻り、ブランドン君がバイクで屋敷に帰って行くのを見送った直後、
「ざっけんなよ、てめえ!」
「人としてやっていい冗談と悪い冗談があんだろよ!」
「マジでヤバかったんだからな!」
ようやく元の調子に戻り、ずっと抑えていた怒りを涙目でぶちまけるが、
「どうでもいいから、早く俺達を旅館まで送ってくれ。もうすぐ晩飯の時間だ」
謝るどころか全く反省の色も無く、自分の要求しか口にしない悪魔の様なエイジン先生。
「一言謝れ!さもなきゃ、アタシは車を出さねえからな!」
「アタシもだ!」
「アタシも!」
よっぽど頭に来たのか、ささやかなストライキに打って出ても、
「その前にあんたらが今どこにいるのか、もう一度よーく考えてごらん」
エイジン先生はニッコリ笑って周囲の闇をぐるりと指し示し、ここが心霊スポットの真っ只中である事を思い出させ、
「車出す! 出しゃいいんだろ! 出しゃ!」
「畜生、早く乗りやがれ!」
「もう一秒たりともこんな所にいたくねえ!」
ものの数秒で要求撤回を余儀なくされるヤンキー三人娘。
当然、険悪なムードとなる帰りの車中、
「そうふてくされるなよ。色々あって腹も減ってるだろうし、あんたらも旅館で一緒に晩飯食ってかないか?」
まったく悪びれずにドッキリ被害者達を夕食に誘うエイジン先生。だが、もちろん彼女達は誰一人としてこの悪魔と口を利こうとしない。
「今晩は特上の鰻重を出してくれるそうだ。いやー、楽しみだなー。食欲をこれでもかとそそる香ばしい匂い、舌の上でホロッとくずれる柔らかい鰻の肉、甘ーいタレとピリッと辛い山椒の絶妙な味付け。ホカホカの炊きたてご飯と食ったら、ものすごく美味いんだろうなー」
「……(ゴクリ)」
「……(ゴクリ)」
「……(ゴクリ)」
口を利かないが唾を呑みこむ、腹ペコヤンキー三人娘。
「晩飯の後はアクションゲームで遊ぼうぜ! 銃をバンバン撃ちまくり、刃物でザクザク斬りまくり、群がる敵をバッタバッタと倒しまくってストレス解消! あんたら、そういうゲーム大好きだろ?」
「……」
「……」
「……」
口を利かないが、互いに目と目で『どうする?』と相談し合う、アクションゲーム大好きヤンキー三人娘。
「それとも俺達を旅館に送った後、すぐ帰るか? 心霊スポットの記憶を生々しく残したままで! いやー、本当に何か出そうな薄気味悪い所だったよなー! でも、美味しいモン食べて楽しいゲームやったら、そんな怖い記憶もどこかに吹っ飛んじゃうだろうなー!」
そんなエイジン先生の舌先三寸に惑わされ、
「……アタシらも旅館に寄ってく」
「……鰻重食わせろ」
「……ゲームもやる」
心霊スポットにいた事実そのものを切に忘れたいと願うヤンキー三人娘は、あっけなく陥落する。
「よし、決まり! 楽しくやろうぜ!」
「けど、急に人数が増えて足りるのか、晩飯は?」
車を運転していたベティがバックミラー越しに尋ねる。
「大丈夫、三人分余計に用意してもらってあるから!」
「……」
「……」
「……」
自分達がエイジン先生の掌の上で踊らされている事に気付き、また黙りこむヤンキー三人娘。
それでも旅館の食堂で出された特上鰻重はとても美味しく、ふてくされていたヤンキー三人娘もすぐに機嫌を直し、笑顔を見せるまでに回復する。
その後、旅館の空き部屋に連れて行かれ、大型液晶テレビでアクションゲームをやらされるまでは。
「おい! これ、ホラゲーだろ!」
「よりによって、ゾンビが出て来るやつじゃねえか、おい!」
「絶対やらないからな!」
暗い通路、背後から襲われる男、悲鳴、目のアップ、低音ボイスのタイトルコール、と不穏極まりないオープニングを見せられたヤンキー三人娘が一斉に抗議するも、
「いいえ、ナイフと銃でゾンビを倒す、れっきとしたアクションゲームです。それと、これは当主命令ですので、君達に拒否権はありません。なお、このゲームは実況動画を撮って後でヴィヴィアンさんに送るので、頑張って愉快なビビリプレイを見せてくださいね!」
当主命令を持ち出されては逆らう訳にも行かず、一人ずつ交代でやらされる羽目になり、
「うわ、コイツまだ死んでない! 来るな、来るなっ!」
「ぎゃああ! いきなり窓から犬来た! 犬!」
「この戸棚、ぜってえ怪しいんだけど…………ひいっ、やっぱ隠れてたあ!」
そんな風にヤンキー三人娘がビビって悲鳴を上げる度に、腹を抱えて大笑いするエイジン先生と、気の毒そうに見守りながらも思わず笑ってしまうアラン君。
結局三時間程プレイさせられ、不気味な洋館の中をうろつく不気味なゾンビの群れからようやく解放されたヤンキー三人娘は、
「もう遅いし、今日はあんたらここに泊まってくか? 空いてる部屋は一杯あるぞ」
昨晩だったら二つ返事で承諾したであろう、エイジン先生のこの提案を、
「もういい! 帰る!」
「何かまた仕掛ける気だろ、お前!」
「その手に乗るか!」
何の迷いも無く一蹴し、獣医から解放された犬猫の様に急いで旅館から出て行った。
三人が乗った胴長リムジンを見送った後、
「あの人達にはちょっと可哀想でしたが……おかげで今晩も何事もなく静かに眠れそうです。ありがとうございます、エイジン先生」
と、礼を述べるアラン君に対し、
「よし。これだけゾンビ漬けにしておけば、今晩あいつらは高確率でゾンビに襲われる悪夢を見るに違いない」
と、満足げにつぶやくエイジン先生。