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▼497▲ 人は恐怖の限界を超えると逆に無表情になるという実験

 すっかり夜も更けて薄気味悪さが増したいわくつきの広場に停めてある胴長リムジンの中で、エイジン先生とアラン君が戻って来るまでひたすら待たされている、ギョロ目のベティ、ジト目のタルラ、ギロ目のジーンことヤンキー三人娘は、今自分達が心霊スポットの真っ只中にいるという過酷な現実から逃避する為に、後部座席に集まってひたすらトランプに興じていた。


「おっせえな! あいつら、まだかよ!」

「女を待たせる男はモテねえぞ、ああ?」

「大方、アッチの方も遅いんだろうよ! ソロプレイのやり過ぎでな!」


 嫁入り前のうら若き乙女にあるまじき下品なジョークをバンバン飛ばすヤンキー三人娘。しかしいつもの様に下品に笑い合う事もなく、顔は無理やり獣医に連れて来られた犬猫の様に恐怖にひきつっている。 

 

 うっかり心霊スポットとして名高い外の様子を見たり聞いたりしてしまわぬ様、カーテンを厳重に閉め切った窓を背にしてバーカウンターに向かって並んで座り、すっかり魔除けの音楽だと信じ込んでいる昭和特撮ヒーロー物の主題歌集CDを大音量でガンガンかけまくっているヤンキー三人娘は、広場に隣接する裁判所の正面玄関のドアが開いて中からボロボロの服を着た顔色の悪いゾンビが出て来た事にも、もちろん気が付いていない。


 一方、両腕を前に突き出したゾンビは、ぎこちない足取りでヤンキー三人娘が引き籠っている胴長リムジンに向かって一歩、また一歩とゆっくり近づき、普通なら三十秒も掛からない距離を三分程掛けてたどり着くと、ちょうど三人が背を向けて座っている辺りの窓を、ドン、ドン、とゆっくりしたリズムで叩き始めた。


「ひっ!」

「ひっ!」

「ひっ!」


 思わず短い悲鳴を上げ、トランプの手札をバーカウンターに放り出すヤンキー三人娘。そんな事におかまいなく、窓を、ドン、ドン、と叩き続けるゾンビ。


「てっ、てめえ、エイジンだろ! わかってんだぞ!」

「くだらねーことしてねーで、とっとと後ろのドアから入って来い!」

「いつまで叩いてんだよ! 言いたい事があんなら口で言えや、オラ!」


 ソファーに座ったまま窓の方を振り返り、カーテンの向こうの姿が見えない相手に向かって怒鳴るヤンキー三人娘。しかし窓ドンドンは一向に止む気配がない。


 業を煮やしたベティが内心ものすごくビビりつつ、思いきってカーテンをさっと開けると、そこには漆黒の闇を背景にして顔色の悪いゾンビが、ショーウインドウに飾られた高価なトランペットを欲しがる貧しい少年の様に窓にベッタリ張り付いており、


「ヴァァァァ……」


 いきなり薄気味の悪い声で呻き出した。


「ひいっ!」

「ひいっ!」

「ひいっ!」


 揃ってソファーから飛び上がり、バーカウンターに背中を押しつける格好で窓から離れた後、


「に、二度も同じ手は食わねえぞ! バーカ、バーカ!」

「ま、また変装してんだろ! バレバレなんだよ!」

「ネ、ネタは上がってるんだ! もうてめえなんか怖くもなんともねえっての!」


 かなり腰が引けて涙目になってはいたが、それでも意地になってゾンビを煽り始めるヤンキー三人娘。


 その時、突然胴長リムジンの最後部のドアが、ガチャ、と開き、


「待たせたな。さ、旅館まで送ってくれ」


 てっきりゾンビの中の人だと思っていたエイジン先生本人が、しれっと声をかけて来た。そのすぐ後ろにはアラン君の姿もある。


「え?」

「え?」

「え?」


 この二人の方を見た後、もう一度窓の方へ視線を戻し、そこにへばりついているゾンビを凝視する事数秒間。突如、開いているドアの方へ無言かつ無表情で一斉に殺到するヤンキー三人娘。


 エイジン先生とアラン君がさっと身をかわすと、胴長リムジンから勢いよく飛び出したヤンキー三人娘は、まるで天敵のヘビをけしかけられたエリマキトカゲの様に広場を全力で疾走し、そのまま真っ暗な森の中へと消えて行った。


「ぶはははははは! いやー、あいつらマジ最高! 正にビビリ芸人の鑑!」


 三人が消えて行った暗闇を指差して、大いに笑うエイジン先生。


「人は恐怖の限界を超えると、逆に無表情になるんですね……」


 気の毒そうにつぶやくアラン君。


 そこへ、窓を叩くのを止めたゾンビがごく普通に歩いて来て、


「もう、マスクを脱いでもいいですか?」


 と無邪気な口調で尋ねた。


「ああ、お疲れさん。おかげでいい画が撮れたよ!」


 エイジン先生から許可が出たので、被っていたゾンビのマスクを脱ぎ、


「じゃ、着替えて来ます」


 ハンサムな顔を晒してから、裁判所の方へ戻って行くブランドン君。


「ところで、あの人達大丈夫ですか? 何かすごく遠くまで走って行っちゃったきり、全然戻って来ないんですけど……」


 心配そうにエイジン先生に尋ねる、人のいいアラン君。


「戻って来なかったら、あいつらはこの心霊スポットへ置きざりにして先に帰っちまおうぜ。アラン君、車の運転頼む」


 まったく悪びれずに悪魔の様な提案をする、人の悪いエイジン先生。


 ともあれ、本日二度目のドッキリも大成功。

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