▼495▲ 十七歳の少年の主張を無視したストライクゾーン分析
心の中で思い描いた数字を手品師に言い当てられた子供の様に、一瞬きょとんとした顔になり、それから、ぱあっと明るい笑顔になって、
「どうして分かったんです、エイジン先生?」
妙に嬉しそうにタネ明かしを迫るブランドン君。
「君のお母さんのカン『だけ』は正しい、と踏んだんだ。母親ってやつは、自分の子供が何か隠し事をしてれば目ざとく気付く生き物だからな」
「じゃ、母はもう全部事情が分かっていたんですか?」
「いや、母親のカンにも限界がある。『息子が自分に隠し事をしている』って事は分かっても、それが何なのかまでは分かっちゃいない。せいぜい、『彼女が出来たんじゃないか』とか、『ハニートラップに引っ掛かったんじゃないか』とか、願望と心配のバイアスがかかった両極端な妄想をたくましくするのが関の山だ」
「良かった、詳細については何も知らないんですね」
「けど妄想がたくましすぎて、今やお母さんの中ではその二つがほぼ真実になってしまっている。この頑固な妄想を消し去るには、ブランドン君が本当の事を打ち明けるのが一番なんだが」
「すみませんが、訳あってそれは出来ません」
「だろうね。そこで俺が調停役として割って入る」
「具体的にはどうするんです?」
「俺に隠し事の中身を教えてくれ。それを踏まえた上で、俺は第三者の立場からヴィヴィアンさんを、『ブランドン君から事情を聞き出す事に成功しました。その具体的な内容は言えませんが、あなたが心配されている様な女絡みの案件ではない事は保証します』と、言いくるめるから」
「母がそれで納得するでしょうか」
「ヴィヴィアンさんは、女が絡んでなけりゃ息子のプライバシーに積極的に介入しようとは思わないだろうよ。ちょっと位羽目を外したからといって、目くじらを立てるタイプの母親じゃなさそうだし」
「確かにその通りです。何だか上手く行きそうに思えて来ました」
「で、肝心の隠し事の方なんだが、俺達にも言えない内容だったりする?」
「逆にお聞きします。エイジン先生は僕がどんな事を隠していると思いますか?」
「ま、人が聞いたら拍子抜けする位、他愛の無い事だろうね。だが、母親に面と向かって言うのは憚られる、ってとこか。例えば、家に帰る途中、バイクで怪しげなフィギュア専門店をはしごしてケースの中の美少女エロフィギュアを思う存分堪能しているとか」
「エイジン先生!」
失礼かつしょうもない事を邪推して、すかさず横からアラン君に突っ込まれるエイジン先生。
「いえ、アランさん。ある意味それに近いです」
ブランドン君の意外な返答に、ちょっと驚いて言葉を失うアラン君。
「さっきも言った様に、俺達は君の秘密を絶対に守る。ベティ、タルラ、ジーンの三バカ共は幽霊話でビビらせて外に停めてあるリムジンの中に隔離したし、この部屋も盗聴器が仕掛けられていないかどうか事前にチェックしておいたから、ここでの会話の内容が外部に漏れる事はまず無いと思っていい」
「お気遣いありがとうございます。じゃあ、その……本当にお恥ずかしい話なんですが」
ブランドン君は少し言い淀んでから、覚悟を決め、
「実は僕、この年になっても人形劇が大好きなんです」
開き直った口調でカミングアウトした。
「別にいいじゃん。俺だってこの年になっても漫画とかアニメとか特撮とか大好きだぞ」
「そう言ってもらえると気が楽になります。特に人形使いのナスターシャ・キーロックの大ファンで、バイク通学にしたのも、一人でこっそり彼女の人形劇を観に行く為でした」
「ナスターシャならよく知ってるよ。ムルナウパークで公演を観た事もあるし、つい最近、とある件で一緒に仕事をしたばかりだ」
「え、一緒に仕事をされたんですか! 羨ましい限りです!」
「何なら、直筆サインもらって来てあげようか?」
「ぜひ、お願いします! わあ、まさかこんな幸運に巡り合えるなんて!」
「彼女、ぼーっとしてて少し不思議ちゃん入ってるがかなり美人だもんな。ブランドン君が夢中になるのも無理はない」
「いえ、僕は純粋にナスターシャの人形劇が好きなんです。どんなに落ち込んだ時でも、彼女の人形劇を観れば元気になれますから!」
「リング家の御曹司という不自由な立場から来るストレスも、人形劇が癒してくれるって訳か」
「はい。子供っぽくて、あまり大っぴらに人には言えない趣味ですが」
「いや、普通にお母さんに言ってもいい趣味だと思うぞ。俺が観に行った時も大人の客が結構いたし」
「それが、その……エイジン先生の言われる様に、ナスターシャはすごく美人なので、母が勘違いするのが怖いんです。僕が人形劇でなくナスターシャ本人に夢中になってるんじゃないかと」
「どっちでも大差ないと思うが」
「あの思い込みが強い上、無駄に権力と行動力がある母の事ですから、『そこまで好いているのなら』と、ナスターシャを僕の嫁にしようと各方面に働きかけて裏工作を始めるかもしれません。そうなったらナスターシャに迷惑がかかります。一ファンとして、ナスターシャの人形劇が妨害される様な事態は断じて避けなければなりません」
「そこまではすまい、と言いたい所だが、君のお母さんならやりかねんわ」
「もし、仮に、まかり間違ってリング家に嫁がされてしまったら、ナスターシャの人形使い生命はおしまいです。ここではどんな魔法も無効化されてしまいますから」
「あの人形は全部魔法で操ってたもんな。それはともかく『人形使い生命』って初めて聞いた」
「だから僕がナスターシャの人形劇を観に行っている事は内緒にしておきたいんです」
「事情は分かった。じゃ、肝心な部分は伏せつつ、お母さんを説得してみるよ」
「ありがとうございます、エイジン先生!」
「とりあえず、カウンセリングが上手く行ってる事だけ、お母さんに軽く報告しておこう」
こうして、「自分は純粋にナスターシャ・キーロックの人形劇が好きなのであって、その外見に惑わされた訳ではない」、と主張するブランドン君の信頼を得たエイジン先生は、自分の携帯からヴィヴィアンに、
「どうやらブランドン君は、『物憂げな目のどこかぼーっとした感じの不思議ちゃん系貧乳美女』がどストライクの様です」
と、その主張を全く信頼していない内容のメールを送信した。




