▼492▲ 玄関開けたら二本足で疾走するエリマキトカゲ
リング家の裁判所には二階からも傍聴出来るちょっとした劇場の様な造りになっている大法廷の他、テーブルと椅子だけが置いてある会議室の様な部屋がいくつかあり、
「調停室、和解室、待合室、控室といった色々な用途に使われるらしいです。場合によっては本来の裁判所の用途から外れて、容疑者の取り調べにも使われる事があるとか」
念願かなって見学中のアラン君が、それらの部屋についてエイジン先生に解説する。
「じゃ、極端な話、取り調べ、裁判、判決、そこの広場に吊るす、てな具合に流れ作業で被告をすぐ処分出来る訳だ。『玄関を開けてから二分後にご飯』的な感覚で」
「何ですか、それ?」
「俺の世界の古いCMのキャッチフレーズさ。流石にこれは知らなくてもいい」
いつもの様に「分かる人にだけ分かればいい」というスタンスの不親切な冗談を口にしつつ、ずらりと並ぶドアを見渡して、
「よし、決めた。カウンセリングはこの部屋でやろう」
その中から無作為に一つを選び、ズカズカと部屋に入って盗聴器発見器であちこち念入りに調べ始めるエイジン先生。
「どうやら盗聴器は仕掛けられて無さそうだぜ。残念、口止め料を取り損なった」
「目的がすり替わってますよ、エイジン先生。まあ、この部屋を使用する事はたった今決定した訳ですし、それをピンポイントで予測して盗聴器を仕掛けておくのは不可能でしょう。もっとも、全部の部屋に仕掛けるなら話は別ですが」
「そんな事したら発見器が鳴りっぱなしになるな。ま、ともかくここでブランドン君を待つとしよう。そうだな、すぐにこの部屋だと分かる様に、ドアに目印を付けといてやるか」
そう言って、例のペンギンの紙袋からポスターを丸めた筒を取り出して広げ、何のためらいも無くドアの外側へ貼りつけようとするエイジン先生。
「ちょ、ちょっと! 勝手に貼ったら怒られませんか?」
あわててそれを制止しようとするアラン君。
「カウンセリングが終わったらちゃんと剥がしておく」
「いや、ドアにテープの跡が残るんじゃないかと。由緒ある建築物にそれはまずいでしょう」
「きれいに剥がせるタイプの両面テープだから大丈夫さ!」
心配そうに見守るアラン君をよそに、エリマキトカゲが二本足で荒野を走っている写真のポスターをきっちり貼り終えるエイジン先生。
「これは俺の世界で八十年代半ば、突発的に凄まじい人気を博したエリマキトカゲだ。関連グッズは多岐に渡り、そのどれもが飛ぶ様に売れ、果ては実物もかなりの数が密輸入された」
「随分変わった動物が流行っていたんですね。でも、確かに走っている姿は可愛らしいです」
「可愛らしく見えるが、実はエリマキトカゲがこういう走り方をするのは命懸けで逃げる時でな、噂ではこの手の写真や動画を撮るために、現地で何匹ものエリマキトカゲが天敵のヘビをけしかけられて死ぬまで走らされたらしい」
「完全に動物虐待じゃないですか!」
「その残酷な舞台裏の噂が広まるや、あっという間にブームは終了。グッズは大量に売れ残り、密輸入されたエリマキトカゲも飼育が難しくてバタバタ死んでいったとか」
「何とも救われない話ですね。可哀想に……」
悲しげなため息をつくアラン君。
「このエリマキトカゲが我々に残してくれたのは、『稼げる時に思いっ切り稼いでおけ』、という教訓だ。熱狂的なブームなんていつまでも続く訳ないからな!」
そんなアラン君に対し、ゲスにも程がある教訓をドヤ顔で垂れる金の亡者。
「搾取されて死んで行ったエリマキトカゲ達に呪われてください、エイジン先生」
エリマキトカゲのポスターを見つめながら、もう一度ため息をつくアラン君。
「呪われねえよ。俺は金儲けのネタを殺す様なバカな真似はしないから!」
そう言って笑うエイジン先生の懐で携帯の着信音が鳴った。
金儲けのネタ、もといブランドン君からである。




