▼49▲ 天誅の期日
夜光スイッチ紐の握り部は蓄光体を使っている為、周りを暗くした直後は明るいのだが、しばらくすると光が弱まってしまい、またしばらく光を蓄える必要がある。だから修行で用いる際は、稽古場の中を交互に明るくしたり暗くしたりと、結構面倒くさい。
「握り部がLEDでずっと光っているスイッチ紐がないか探したんだが、流石に見つからなかった」
グレタが修行に励んでいる稽古場の暗闇の中、エイジン先生がアランにそんなどうでもいい話をする。
「それだと、さらにそのスイッチ紐のLEDを消すスイッチ紐が必要になりますね」
同じく、どうでもよさげに答えるアラン。
やがて夕方になり、エイジンが修行の終了を告げると、このどうでもいい紐シャドー修行を一週間やり遂げたグレタは、
「予告した通り、この修行もクリアしたわよ。おかげ様で、掌で突く動作に随分慣れたわ」
と言ってエイジンの前に来て、掌による突きを上下左右に素早く繰り出して見せた。
元々格闘の心得があるので、間抜けな修行の結果にしては中々様になっている。
「まだ慣れただけだ。古武術の奥義の会得には程遠い」
それを見て褒めもせず、ぶっきら棒な口調で言うエイジン先生。
「で、明日から何をすればいいのかしら?」
「それは明日教える。それと念の為一つ聞いておきたいのだが」
「何?」
「古武術の奥義を会得した後、ジェームズ君をリリアン嬢から奪い返すつもりなのか?」
自ら地雷原に踏み込むエイジン。
その質問に刺激されて怒りの記憶が蘇り、さぞ荒れるかと思いきや、グレタはフッと鼻で笑い、
「私はあの二人に天誅を下せればそれでいいの。その後、二人が結婚しようとどうしようと知ったことじゃないわ」
「では、ジェームズ君の婚約破棄の申し出自体は認めるんだな」
「こっちから願い下げよ、あんないい加減な男」
「なら、天誅を下す時期を結婚式の前に限定する必要はない。一ヶ月などと短期間でなく、もっとじっくり時間を掛けて修行した方がいいと思うが」
修行を諦めさせられないと見るや、期日の引き延ばしを試みるエイジン。
「リリアンは一ヶ月で古武術の奥義を会得したわ。なら、私にだって出来るはずよ」
しかし、目的と手段がすっかり入れ替わってしまったグレタは、婚約破棄は認めても、天誅の延期を認めようとはしなかった。




