▼486▲ 深淵を覗く時こちらを覗いている深淵
「それにしても、外の足跡があの三バカが付けたものだとよく分かったな」
アキハバラは一旦置いておいて、素朴な疑問を口にするエイジン先生。
「歩幅の狭い小さなサイズの女の靴跡が三種類、裏口の方へ向かっていたので、そこから中に入ってみると、昨晩守衛所で会った時に嗅いだ覚えのある香水の香りがまだ残っていましたから」
穏やかな口調で淡々と答えるアンソニー。
「ずいぶん鼻が利くんだな、あんた。でも、三バカは俺達をここへ案内する事になってたから、旅館の中であいつらの香水の匂いがしてもおかしくはないぜ?」
「確かに彼女達はエイジンさん達をお部屋まで案内する役目を仰せつかってはいましたが、裏口の方まで来る必要は無かったはずです。故に、改めて裏口から侵入した時の残り香と判断する方が妥当ですよ」
「なるほど」
「そして何より彼女達にはこの旅館に侵入する強い動機もありました。助手のアランさんに大層ご執心の様子でしたからね」
「あいつら、ものすごく分かり易いもんな。夜這いまでやらかすのはちと異常だと思うが」
「彼女達は三人共何不自由ない名家に育ったお嬢様で、基本的に欲しい物はすぐ手に入れないと気が済まない気質なのでしょう」
「一番欲しい物は手に入らなかったらしいがな。『魔法使いの名家に相応しい才能と実力』が」
「だからこそ余計に代償行為として、それ以外の『欲しい』と思った物を強引に手に入れたがるんです。もちろんそれで真の欲求が満たされる事はありません。熱したフライパンに水滴を垂らし続ける様なものです」
「ジュッ、ジュッ、ジュッ、ってか。垂らすそばから蒸発して、フライパンが水で満たされる事は永久に無い」
「粗暴な振る舞いは自信の無さの裏返し。武器で恫喝して相手を支配下に置く事で満たされない自我を保とうとする、哀れな小娘達です」
「容赦ねえ分析だな、おい」
「はは、優しいのですね、エイジンさんは」
「いや、面白いからもっとやってくれ。今後、あいつらをおちょくるヒントにしたい」
「粗暴な振る舞いが自信の無さの裏返しである様に、寛容な振る舞いは自信の証です。些細な事では揺るがない自信をお持ちなのでしょうね、エイジンさんは」
「まあね。なんたって、俺は完全無欠の心理カウンセラーだからな!」
「飄々とした言動は本心を見せない為の壁。顔は笑っていらっしゃっても、警戒は怠らない。常に自分を律し続ける強固な精神力。実に興味深いです」
「三バカの次は俺の分析か。どっちが心理カウンセラーだか分からねえな」
「私も昔、精神科医だったもので、つい」
「ガチの本職かよ! 何か心理カウンセラーって名乗ってるのが恥ずかしくなってきたわ!」
調子こいてモノマネしてたらまさかの本人登場で慌てる芸人状態のエイジン先生。
「どうかお気になさらずに。本来、人の心理を探求するのに資格など要りません。ただ、呑み込まれる事を恐れずに深淵を覗き続ける覚悟さえあればいいのですから」
調子こいてモノマネしていた芸人に微笑みかける本人ことアンソニー。




