▼485▲ クールジャパンと称して国が関与し始めた途端に終焉へと向かう文化
生活リズムが乱れまくって昼夜逆転したネトゲ廃人の様に、夜明け前の静かな部屋の中で一人、テーブルの上に置いたノートパソコンに向かい、ドッキリ動画の編集に夢中になるエイジン先生。
ついにそのしょうもない作業を完了させると、大きく伸びをして、
「んー……もう五時過ぎか。そろそろ使用人が旅館に来てる頃合いだな。ちょっくら挨拶して来よう」
のっそりと立ち上がり、長髪のヅラに白いワンピースという奇っ怪な姿のまま部屋を出た。人気の無い和風旅館の廊下をヒタヒタ歩くその姿はB級ホラー映画のワンシーンの様。
そしてロビーの受付カウンターまでやって来たはいいが、肝心の使用人の姿は見当たらず、
「奥の控室にいるのかな?」
カウンターの上に置いてある呼び出し用の卓上ベルをチーンと一回鳴らしてから、ヅラの長い髪を前に下ろして顔を隠し、両腕をだらんと垂らした前傾姿勢で待ち構えるエイジン先生。おそらくまともに挨拶する気などさらさら無い。
そんなお茶目なエイジン先生の裏をかくように、突然背後から、
「おはようございます、エイジンさん」
と声がした。
振り返ると、正面玄関の土間に、紺の制服を着た年配の男が穏やかな笑みを浮かべて立っている。昨晩、守衛所で出会ったアンソニー・ホイップだった。
「しまった、外にいたのか」
ドッキリが失敗に終わり、無念の表情を見せるエイジン先生。
「建物の周りに不審な足跡があったので、ちょっと調べていたんです。どうやら昨日エイジンさん達をお迎えに上がった三人のものの様でしたが、夕べ彼女達が何か粗相をしませんでしたか?」
ゆったりとした穏やかな口調で淡々と問うアンソニー。ただし目が必要以上に好奇心で怪しく輝いており、ちょっと怖い。
「ああ、説明すると長くなるんで簡単に言うと、あの三人娘が物怖じしない野良猫みたいに土足のままこの旅館に上がりこんじまってな」
アンソニーの眼力に怯まず、飄々と答えるエイジン先生。
「そうでしたか。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。きつく叱っておきます」
「いや、その場でよく言い聞かせといたから、もうこれ以上は責めないでやってくれ」
「エイジンさんがそう仰るのなら」
「ってか、悪さをした犬猫はその場で叱らないと意味無いし」
「なるほど、ごもっとも」
「一応ざっと泥は拭かせておいたけど、ちゃんとした掃除はここの清掃担当の人に任せるよ。それをお願いに来たんだが、まだ誰も来てないみたいだな」
「使用人は今、別の場所で仕事をしています。後で私から伝えておきましょう。一応、この宿泊施設の管理責任者なので」
「あんたが? 警備員と管理人を兼任してるのか?」
「ええ。ですが、ここはあまり使われる事もないので、さほど負担にはなりません。それに、こういう和風旅館は個人的に好きですから」
「渋いな。この落ち着いた『和』の空間の良さが分かるとは」
「特に地下の遊技場に置くゲーム機の選択には力を入れました。気に入って頂ければ幸いです」
「そっちかよ! まあ、かなり気に入ったけど」
「『素晴らしい芸術作品は往々にして俗な物の中にある』、というのが私の持論です」
そう言って、ちょっとうっとりとした表情になるアンソニー。
「まあ、一理ある」
「その意味で、エイジンさんの世界にあるアキハバラは正に芸術の都と言ってもいいでしょう」
「待て、それは何か違う」
文化に対する捉え方のギャップに戸惑うエイジン先生。




