▼48▲ 闇の中に揺れる淡い光
それからの一週間、グレタ嬢は自分のやっている事に何の疑問も抱かず、稽古場で電灯のスイッチ紐相手に張り手を延々と繰り出し続けていた。
その間、エイジン先生は、
「同じ高さだと打撃範囲が限定されてしまう。時々紐の長さを変えるんだ」
などともっともらしくアドバイスし、長さの違うスイッチ紐や、
「同じスイッチ紐だと、揺れ方が同じなので単調になる」
と、別の種類のスイッチ紐に取り換えたりして、いかにも意味のある修行っぽい雰囲気を醸し出す事は忘れない。
普通、照明のスイッチ紐単体を購入する機会など十年に一度あるかないか位だが、案外需要があるのか、様々なメーカーから多種多様のものが売られている。
白い細紐で下端の握り部が小さなプラスチックの円筒になっているのが一般的だが、その他にも黒くて太い紐に木製の握り部が付いた和風のものや、紐が金属製のチェーンになっていて握り部も金属製のもの、握り部が球や星形や三日月形になっていたり、動物の顔や小さな人形が付いているもの、紐の巻き取り機構が付いていて長さが調節出来るものなど、結構バラエティーに富んでいる。
それら一つ一つに対して、紐シャドーをひたすら行うグレタを見て、
「何だか猫に色々なオモチャを試して、どれが一番気に入るか様子を見ている気分だな」
少し離れた所で、アランとアンヌにこっそり言うエイジン先生。
なるほど、確かにこの修行に励むグレタの姿は、垂らした紐にじゃれつく猫に見えない事もない。
「猫はそのうち飽きますが、グレタお嬢様は一向に飽きる気配がありませんね」
アランが心配そうに言う。心配しているのは、エイジンの計画なのかグレタの脳なのかは定かではない。
「なまじ色々なスイッチ紐を使ったのがまずかったかもしれない。次から次へと新しいオモチャを与えている様なものだから。こうして色々なスイッチ紐を揃えるだけでも楽しいし」
「かと言って、今更同じスイッチ紐にしても手遅れです」
「まあいいさ、一週間は潰せたんだから。それに、もう次の修行も考えてある。最後はこれを使って遊ぼう」
紐シャドー修行最終日、エイジン先生が用意したのは、明るい時に光を吸収し、周りが暗くなると握り部の球が光る、夜光スイッチ紐だった。
「稽古場のカーテンを閉め切って真っ暗な状態にしてから、このスイッチ紐を使え」
グレタがエイジンの指示通り、真っ暗な中で光る球を相手に張り手を繰り出し続けると、闇の中で淡い光ががゆらゆら揺れ、何とも幻想的なイルミネーションが演出される。
もちろん、やっている事は間抜けの一言だが。




