▼471▲ 大きな屋敷の大きな執事と上下関係に弱い小物ヤンキー
真っ暗な森の中の一本道をさらに進む事約十分。ついに胴長リムジンに乗った一行は、木々が切り払われた広い場所に聳え立つ巨大な屋敷の少し手前に到着する。
夜の森を背景に白く浮かび上がるこのリング家の屋敷の正面には、前方に張り出した屋根を支える古代神殿風な巨大円柱が数本立ち並んでおり、その中央に黒い人影がぽつんと立っていた。それを見て、
「あ、やべえ。もう玄関前にグレゴリーが迎えに出てる」
運転していたジト目のタルラが車を止める直前にそう言うと、
「おい、アタシらが先に降りるぞ。お前らをあの執事に引き渡さなきゃならねえんだからよ」
「ったく、こんな事なら、さっき守衛所の前で座る場所を入れ替えときゃよかったぜ」
ぶつくさ言いながら、混雑したバスの中を強引に突っ切る降車客よろしくエイジン先生とアラン君の前を窮屈そうに通り抜けて車を降りようとするギョロ目のベティとギロ目のジーン。
外に出るや、それまでの粗暴な振る舞いを一転させて恭しくしく車のドアを開けたまま保持するジーンの前を、アラン、エイジンの順で車を降りると、ベティもそれまでの粗暴な振る舞いなどまるで無かったかの様に、
「どうぞこちらへ」
真面目くさった態度で「ちゃんと仕事してます」と執事にアピールしつつ、二人を屋敷の玄関の方へ案内した。
「ヤンキーも目上の前じゃ大人しいもんだな」
歩きながらからかう様に言うエイジン先生。
「余計な事言うとブッ殺すぞ、オラ」
真面目くさった表情のまま小声で言い返し、
「エイジン・フナコシ様とその助手の方をお連れしました」
玄関の前まで来ると、待っていた執事にそう告げるベティ。
「ご苦労。君達は車に戻って待機していてくれ」
張りのある低い声でベティに命じたその執事は、年の頃四十代半ば、身長は二メートル近く、肩幅が広くてがっちりとした体格の大男だった。
が、ボリュームのある七三分けに固めた黒髪、べっ甲縁の大きな眼鏡、そしてその奥にある太い眉と大きな目が醸し出す誠実かつ優しそうな雰囲気が、その巨体から来る威圧感を大いに和らげている。
黒いスーツに、白いシャツ、黒いネクタイ、グレーのベストという執事風の格好をしてはいるが、それでもどちらかと言えば親戚の通夜から帰って来たサラリーマンっぽく見えるこの大男は、エイジン先生とアラン君の方に向き直り、
「遠い所をようこそおいでくださいました、エイジン・フナコシ先生、助手のアラン・ドロップ様。私は当家の執事グレゴリー・ファンクと申します。当主の所までご案内致しますので、どうぞ中へお入りください」
玄関のドアを開け、二人を屋敷に招き入れた。
「もう夜も遅くなってしまいましたが、当主のヴィヴィアン様のご都合は大丈夫でしょうか? 何でしたら明日改めてご挨拶という事にしても構いませんが」
ヤンキー三人娘を相手にしていた時とは打って変わって、気持ち悪い程の丁寧な口調でグレゴリーに尋ねるエイジン先生。
「大丈夫です。ご夕食がてらエイジン先生とお話ししたい、と食堂でお待ちしておりますので」
「そうですか。では、ご相伴に与らせて頂きましょう。ところで――」
「何でしょう?」
「いや些細な事なんですが、今、使用人に『車へ戻ってそのまま待機』と仰っていたのは、彼女達にはまだ何か仕事があるのですか?」
「夕食後に、お泊りして頂く場所まで、またあの車でお送り致します。何分、この屋敷から少し離れた場所にあるものですから」
「なるほど、敷地内の移動も車ですか。やはり、リング家の森は広大なんですね」
そう言って、屋敷内をグレゴリーの後について行きながら、
「俺達が当主と夕食を食べてる間、あの三バカトリオは空港前で客待ちしてるタクシー運転手みたいにずっと待機させられてるそうだ」
小声でアラン君に話し掛けるエイジン先生。
「その様ですね」
同じく小声で答えるアラン君。
「夕食は出来るだけ長く引き延ばそうぜ! くだらない雑談でもしてさ!」
「そういう意地悪はやめましょうよ、エイジン先生……」
人の悪いエイジン先生と人のいいアラン君。




