▼47▲ 女の城
エイジン先生が小屋に戻ると、いつもの様にイングリッドがお出迎えにやって来ない。
小屋の中に入ったエイジンが見たものは、キッチンで照明のスイッチ紐相手に、一心不乱に張り手を繰り出し続けるメイドの姿だった。
そこでようやくエイジンの帰宅に気付いたイングリッドは慌てず騒がず、すぐにかしこまって向き直り、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
と取り澄ました顔でお出迎えの言葉を口にしたが、その横ではまだスイッチ紐が揺れている。
「ただいま。俺に構わず修行に励んでくれ」
「いえ、すぐ夕食の支度を致します。今晩はチキンドリアです」
切り替えの早いメイドの用意した焼き立てのチキンドリアを差し向かいで食べ終えた後で、エイジンは、
「今日の説明で気は済んだだろう。もう、ここに泊まり込みで内弟子ごっこをする必要はない」
とイングリッドにそれとなく「出て行け」と促す。
「私は内弟子ではなく、エイジン先生のお世話をするのが仕事ですから」
イングリッドはそれとなく「断る」と突っぱねる。
「俺が小屋にいる間中、あんたがずっと一緒にいる必要はない。日々の食材さえ調達してくれれば、あとは自分で全部出来る。料理だって」
「もうキッチンは、私が使い易い様に丹念にカスタマイズさせて頂きました。エイジン先生に勝手にいじくり回されますと、正直なところいい気分はしないのですが」
「気付かない内にガレージの中に巣を作るスズメバチか、あんたは」
「エイジン先生も、他人に自分の家のキッチンを勝手にいじくり回されるのは嫌でしょう」
「いつからあんたの家になったんだよ」
「その様な事情がありますので、今後も料理から後片付けまで全て私にお任せ下さい」
「ここで俺の世話をする時間を、少しでも自分の修行に当てた方がいいとは思わないのか?」
「私はガル家のメイドです。武術修行の為にここにいる訳ではありません」
「紐シャドーもメイドの仕事の内か?」
そう言われてイングリッドは一瞬言葉を詰まらせたが、
「申し訳ありません、つい、夢中になってエイジン先生が帰宅された事に気付きませんでした」
「いや、いいんだ。大いにやってくれ。誰にだって、紐シャドーをやりたくなる時位あるさ」
エイジン先生は、これでもかと言う位爽やかな表情で微笑んで見せる。
その夜、イングリッドは寝室の照明のスイッチ紐相手に張り手を繰り出し続け、エイジンの睡眠をこれでもかと言う位妨害したのだった。
もちろん、時々よろけたフリをして、ベッドに横たわるエイジンの上に倒れこむ事も忘れない。




