▼462▲ 散歩中によその犬に出くわして喧嘩を吹っ掛けようとする飼い犬
その翌日、訪問先が訪問先だけにいつもの気楽な作務衣でなく、それなりにフォーマルなグレーのスーツ姿のエイジン先生と、訪問先では魔法が使えない事もあっていつもの魔法使いが着る黒ローブでなく、ごく普通の一般人仕様なブラウンのスーツ姿のアラン君は、それぞれスーツケースを携えてガル家の屋敷のロビーに行き、そこでリング家からの迎えの車を待つ事にした。
しかし正午頃に来るはずだった迎えの車は遅れに遅れ、午後三時を少し過ぎた頃になってようやくガル家の屋敷前の車寄せに到着する。
ダックスフントを思わせる黒い胴長の高級リムジンから、黒地に白い縦縞の入ったスーツに黒いフェルト帽子という安っぽいギャング映画に出て来そうな格好をした、二十歳位のギョロ目の女が降りて来て、
「遅くなって申し訳ありません。何しろリング家からここまではかなり遠いので、途中の道の混み具合で到着時刻も大きくズレてしまいまして」
お前本当はあまり申し訳なく思ってないだろ、と言いたくなる様な心のこもっていないぶっきらぼうな口調で言い訳をした。
「ああ、ご苦労さん。じゃ、荷物を入れるんで車のトランクを開けてくれないか」
しかしそんな態度に特に気を悪くする様子もなく、キャスターの付いた大きな銀色のスーツケースをゴロゴロと転がして車の後の方に向かうエイジン先生。先回りしてトランクを開けたギョロ目女が、
「荷物を預かります」
と言って受け取ろうとするのを、
「いいよ、自分でやる」
エイジン先生は断って、ひょい、と自分の手でスーツケースを持ち上げ、トランクの中に押し込んだ。
そのスーツケース、片面には「夜露死苦」、「仏恥義理」、「鬼魔愚令」などの物々しい漢字のステッカー、もう片面にはシンプルな線と淡いパステルカラーで描かれた丸っこくて可愛いキャラクターのステッカーがベタベタと貼られており、この両極端な趣味について、
「コンセプトは『色々な意味でファンシーだった八十年代』だ」
エイジン先生は後で見ていたアラン君に得意げに解説したが、
「すみません。エイジン先生の世界の事はよく分かりません」
アラン君は何一つ元ネタを理解出来ないまま、続けて自分の地味な黒いスーツケースを、よっこいしょ、と持ち上げ、トランクに収納する。
その後、ギョロ目女はトランクを、バタン、と乱暴に閉め、車の後部ドアを開けて二人に中に入るように促したものの、
「ちゃんと毎日定期的に連絡するのよ、エイジン。それと何かあったらすぐに知らせて。どんな手段を使ってもすぐに駆けつけるから!」
「必要な物があればそちらへすぐお送りします、エイジン先生。ただし、ゴム、大人のオモチャ、精力剤等の夜の大冒険に使われそうな類の物はお送り出来ませんのであしからず」
「やかましいわ。そう言うあんたらも大人しく留守番してろよ。何かあったら俺か、俺と連絡が付かなければテイタムお嬢ちゃんに相談してから行動するんだ。分かったな?」
見送りに来ていたグレタとイングリッドにまとわりつかれるエイジン先生と、
「気を付けて、アラン。くれぐれも変な女につかまらないでね?」
「大丈夫。リング家は由緒ある名家だし、そうそう変な女の人もいないだろうから」
同じく見送りに来ていたアンヌとイチャついているアラン君が中々乗ろうとしないので、ドアを開けたまま少しイラついている様子。
そのイライラを隠そうともしないギョロ目女の視線に気付くや、グレタはそのデレデレな表情を一変させ、
「あ? 何ガンくれてんだテメエ!」
と言わんばかりの、かつての「狂犬」時代を彷彿とさせる鋭い視線を返し、ギョロ目女は一瞬、ビクッ、として目を逸らした。
「ほら、迎えの人を待たせちゃ悪いぜ。じゃ、行って来るから!」
散歩中によその犬に出くわして喧嘩を吹っ掛けようとする飼い犬の様な不穏な雰囲気を感じ取ったのか、まとわりつく二匹を振り払い、アラン君もアンヌから引きはがして、共に車に乗り込むエイジン先生。




