▼460▲ お父さんを自在に操るスイッチを牛耳る娘
アラン君をエイジン先生の助手として同行させる事が決まると、早速テイタムはリング家に残っている父ライアンと連絡を取った。
「『先方と相談して折り返し連絡する』との事です。でも、おそらく父の事ですから、二、三分で終わる話をヴィヴィアンさんを口説く為に無理やり三十分位引き延ばすに違いありません。すみませんが、返事が来るまでしばらくお待ちください」
通話を終え、父親の行動を的確に予想して皆に伝えるテイタム九歳。果たしてきっかり三十分後にライアンから電話があり、
「明日、リング家から直接お迎えの車をこちらに出してくださるそうです。急な話で申し訳ないんですが、正午頃までに準備をお願い出来ますか、エイジンさん?」
話の途中でエイジン先生に確認を取るテイタム。
「ああ、いいよ。一週間位滞在する心づもりでいいかな」
「いいと思います。必要な物があれば後から送る事も出来ますし」
そう言って、さらに少しライアンと話した後、
「父がエイジンさんとお話ししたいそうです。お手数ですが、付き合ってあげてもらえますか?」
ちょっとすまなそうに笑いながら、携帯をエイジン先生に手渡すテイタム。
「ほい来た……もしもし、エイジンです、先日はどうも。ってか、幼い娘を利用して何やってんだよ、あんたは」
のっけから説教するエイジン先生。
「はっはっは、これも政治家としての人脈作りさ。ともあれ、仕事を引き受けてくれた事には感謝するよ、エイジン君!」
もちろんそんな説教など通じないライアンパパ。
「他ならぬテイタムお嬢ちゃんの頼みだからな。ま、本当は百万円と多額のご祝儀目当てなんだが」
「身も蓋もないね! リング家の女当主は気前がいいから、金払いに関して心配する事は何もないよ!」
「ありがたい話だ。で、その女当主を口説くのには成功したのか?」
「駄目だった! 気前はいいんだがガードは堅くてね。私に対しても、ついさっきまで胡散臭いオッサンを見る様な目つきだった位さ」
「そりゃ仕方ない。実際、胡散臭いオッサン以外の何者でもないし」
「おやおや、ひどい言い草だね! でも、君がこの仕事を引き受けてくれた事を報告したら、私の事を『胡散臭いオッサン』から『普通のオッサン』に昇格させてくれたみたいだよ! 目つきも少しだけ和らいだ!」
「嬉しいのか、そのマイナスからゼロへの昇格は」
「下手をすれば、『胡散臭いオッサン』から『リング家を探ろうとするスパイ』の容疑をかけられてしまう所だったからね!」
「一体何をやらかしたんだよ、あんた」
「君は異世界から来たばかりだから知らないかもしれないが、リング家はそういう殺伐とした所なんだ。この世界のパワーバランスを揺るがしかねない力を持っているが故に、隙あらばその寝首をかこうと企む物騒な輩も存在する。なので、外部の人間の出入りも厳重に制限されている」
「何の用も無しに行ったら怪しまれる事間違いなし、か。もし、俺がこの仕事を断ってたら、あんたはどうなってたんだろうな」
「人脈を作るどころか出禁をくらうかもね! 大変な損失だよ!」
「確かに政治家としては心証を悪くして敵に回したくない相手だな」
「いや、それ以上にあの美しい未亡人を口説くチャンスが断たれてしまうじゃないか!」
「まだ口説く気でいるのかよ!」
「私は政治家である前にロマンを追い求める一人の男なんだ!」
しょうもない事を力強く言うライアン。
「その前に幼い娘の父親である事を忘れるなよ。その娘に替わるぞ」
呆れつつ携帯をテイタムに返すエイジン先生。
テイタムはそれを受け取るとにっこり笑って、
「早速ですが帰り支度をしてください、お父様。エイジンさんを心理カウンセラーとしてリング家に迎える話がまとまった以上、ヴィヴィアンさんからすればもうお父様は用済みです」
と、クールに提案した。
「せめてエイジン君をヴィヴィアンさんに引き合わせるまで、こちらに滞在したいんだが」
長居してヴィヴィアンをさらに口説くつもりのライアンパパに対し、
「向こうから、『もうお前の役目は終わったから、とっとと帰れ』と追い出される前に、こちらからお暇を願い出てスマートにそこを立ち去った方が、ヴィヴィアンさんの心証もグッと良くなると思いますが」
そのスケベ心を利用して父親をコントロールするテイタム九歳。
「そうか……そうだね。じゃあ、名残惜しいが、お前の言う通りにするよ!」
あっさりコントロールされる父ライアン。




