▼46▲ 先入観を利用する詐欺の手口
倉庫までやって来たエイジン先生は、書籍が置いてある場所に行き、漫画が並ぶ棚から一冊の単行本を手に取って、アランに渡した。その表紙には、ぴっちりしたTシャツを着た細マッチョな少年が、両腕を体の前でカマキリの前足の鎌の様に構えている絵が劇画タッチで描かれており、中を見なくてもカンフー系の格闘漫画だとすぐ分かる。
「それは中国拳法を題材にした漫画、ゲーム、アニメの、ほぼ全ての元ネタとも言っても過言じゃない、古典中の古典だ。参考の為にと思って久し振りに読んだんだが、面白過ぎて止まらなくなったよ」
「はあ」
「まあ、その巻をざっとでいいから読んでみ。面白い事が描いてあるから」
言われた通りに、アランはしばらくその漫画をパラパラと読んでいたが、不意に目を丸くして、
「エイジン先生の説明って、ここに出てる事そのまんまじゃないですか! 『人体の三分の二が水分』とか、『掌で相手の体の水分に衝撃波を浸透させて、内部からダメージを与える』とか!」
手にした漫画のとあるページを開き、エイジンに示した。
「ああ、そうさ、その漫画でも有名な場面だ。だが、俺の説明では微妙に表現を変えて話を膨らませているし、具体的な打ち方と修行法に至っては、こっちで適当にでっち上げたモンだけどな!」
エイジンが笑って言う。
「これが、毎日格闘漫画を読んで得た成果という訳ですか」
「まあな。中々面白かったろ?」
「すっかり騙されました。でも大丈夫でしょうか。この倉庫にある格闘漫画は、ほぼグレタお嬢様が目を通しているはずですし」
「逆だ。グレタお嬢様がその漫画を読んでいて、既に先入観が出来ている方が騙し易い。『あ、これ前に漫画で読んだ事があるけど、こういう事だったのね』って具合に」
「なるほど」
「騙す相手の先入観を利用するのは詐欺の基本だぜ。くれぐれも気を付けろよ」
一方では人を騙しておいて、また一方では騙されるなと説教する、ダブルスタンダードなエイジン先生を前にして、アランは何とも言えない複雑な表情になっていた。
どうやら、自分はとんでもない詐欺師を召喚してしまったらしい、と。




