▼459▲ 全員で落ちたら誰も穴から引っ張り上げる者がいなくなるという原則
「では、まだリング家に滞在している父へ連絡しますね。父自身の口からヴィヴィアンさんに『カウンセラーの用意が出来ました』と伝える事で、それとなく父個人の手柄の様に見せかけるという姑息な演出です」
身持ちの堅い未亡人を口説こうとポイント稼ぎを企む父親をそれとなくディスりながらテーブルの上の携帯を手に取るテイタム。
「あ、ちょっと待って、テイタム。エイジン一人を行かせるのは心配だから、私も一緒に行くわ」
それまでテイタムの提案に乗り気だったグレタが、突然我に返った様な表情になってそんな事を言い出し、
「グレタお嬢様が行かれるのならば、私も同行します」
その忠実なメイドであるイングリッドもすかさずそれに追随した。
「なんであんたらまで付いて来るんだよ。医者を呼んだらその飼い犬まで付いて来る様なもんじゃねえか」
失礼な例えで二人を制するエイジン先生。
「誰が飼い犬よ!」
「私達に飼われている分際で何様のつもりですか、エイジン先生!」
左右から吠えまくるポンコツ主従。
「今回の件で何か心配な事がおありですか、グレタさん?」
そんなアホな大人達を前にして冷静に尋ねるテイタム九歳。
「エイジンが仕事のついでに未亡人を口説き始めないか心配なのよ!」
アホな事を言い出すグレタ。
「その可能性はなきにしもあらず、ですね。発情期のオス犬をフェロモンを発散させているメス犬のいる家に突入させる様なものですから」
さらにアホな事を言いだすイングリッド。何気にヴィヴィアンにも失礼。
「誰が発情期だ。第一、未亡人の身持ちが堅い事はテイタムお嬢ちゃんが説明しただろ。それを証明したのはお嬢ちゃんの親父さんだが」
発情期のオス犬の汚名をそのままテイタムの父親に押し付けるエイジン先生。
「そうですね。万年発情期のウチの父と違って、エイジンさんはグレタさんとイングリッドさんを裏切る様な真似はなさらないと思いますが」
微笑みながら父親に対して何気にひどい事を言うテイタム。
「でも、心配なの! エイジンは女に取り入るのが妙に上手いから!」
「これまでも名家のご令嬢が多々骨抜きにされています。監視の目が必要です」
アホな事を主張するポンコツ主従。
「お嬢ちゃん、こいつらの話をまともに聞いてると頭がおかしくなるぞ。俺は誰も」
と反論しかけたエイジン先生に対し、
「そうですね。ジェーンと私もすっかり骨抜きにされてしまいましたし」
笑顔でとんでもない事を言い出すテイタム九歳。
「あらぬ誤解を招く様な発言はやめてくれ。それと女に取り入るのと女を口説くのは全く別だからな」
「冗談です。で、グレタさんのご同行の件ですが、私はあまりお勧めしません」
「どうして?」
冷静なテイタムに対し、グレタが不満そうに尋ねる。
「ご承知の通り、リング家はある意味ヴィヴィアンさんを絶対君主とする独立国家です。リング家内で何かあっても、警察や魔法捜査局は手出しが出来ません。なのでエイジンさんが万一トラブルに巻き込まれた場合、外部から強引な救出手段も辞さない覚悟のある協力者が必要となります」
「なるほど。その外部の協力者としては夫を心から愛する二人の妻こそがうってつけ、と言う訳ですね?」
「誰が妻だよ」
横から口を挟むイングリッドにエイジンが突っ込む。
「はい。皆さんがそろってリング家内部で身動きがとれなくなるのは危険ですから。全員で落ちたら誰も穴から引っ張り上げる者がいなくなるのと同じです」
「でもやっぱり、エイジンが浮気しないかどうかも気になるわ」
心配症のグレタ。
「では、誰か他の信頼出来る人に監視役として付いて行ってもらったらどうでしょう。アランさんなら適任だと思いますが」
「そうね。じゃ、アランにお伴させましょう!」
「どちらかと言うと、アラン君が女に襲われない様に俺が監視する事になりそうなんだが」
心配症のエイジン先生。




