▼451▲ 一万二千年前からバカップル
エイジンが着替えを済ませてキッチンに来てみると、なるほどテーブルの上の白い大皿の上に、錆びて茶色くなったボルトとナットの様にしか見えない物体が山盛りになっていた。
「これ本当にチョコか? かなり本物っぽく見えるぞ」
訝しげに問うエイジン先生。
「どうぞ手に取ってみてください。金属にしては軽いのですぐにチョコと分かりますから」
いつものエプロンドレスに着替えを済ませ、シンプルな形の白いカップへサイフォンからコーヒーを注ぎながら澄まし顔で答えるイングリッド。
言われた通りに大皿からボルトとナットを一個ずつつまみ上げ、
「ああ、確かに軽い。触った感じもそんなに硬くない」
ようやく納得するエイジン先生。
「そのボルトとナットはちゃんと締められる様になっています」
「おお、本当にネジ部分がハマる。地味にすごい技術だな」
「つまりこのチョコは、『あなたと合体したい』という純情な乙女からのメッセージなのです」
「どこが純情なんだよ」
「エイジン先生の世界には、女子が意中の男子にチョコを贈る『バレンタインデー』という甘酸っぱい風習があるそうですね」
「大抵の男子にとっちゃ苦々しい奇習だ。それと意中に関係なく、義理でチョコを配らなきゃならん女子にとっても面倒くさい事この上ないらしい」
「バレンタインデーに最適のチョコだと思いませんか? 性的な意味で」
「性的要素はともかく、一風変わってるから面白がってもらえるかもな」
「メッセージカードには『あなたの股間のボルトを私の股間のナットに連結してください』と一言添えて」
「やめろ。性別が逆なら間違いなく通報案件だ」
「男女平等の世の中です。古い考えは捨てましょう」
「つまり、どっちにしても通報待ったなし、と」
「はぁ……」
「なぜそこで俺が何かおかしな事を言った様なため息をつく」
「乙女心がまったく分かってませんね、エイジン先生は」
「その言葉そっくり返すわ。とりあえず男の前で臆面も無く『股間の』とか言うのやめろ」
「コーヒーが入りましたので、どうぞお座りください、エイジン先生。僭越ながら乙女心について、とくとレクチャーして差し上げますので」
「僭越にも程があるレクチャーになりそうだな。どれ、ある意味面白そうだから聞いてやる」
それからテーブルを挟んで向かい合って座った二人は、チョコとコーヒーを口にしつつ、
「いいですか、このチョコはイエスノー枕で言うと、両面がイエスの枕なのです」
「じゃ、イエスノー枕じゃねえだろ。『ノー』はどこに消えた」
「男子たるもの女子が発情したらそのお相手をきっちり務めるのがスジというものです。スジだけに」
「やかましいわ」
いつものしょうもないバカトークを繰り広げた。




