▼45▲ 絶対人に見られたくない姿
そんな訳で、「絶対人に見られたくない姿」のアンケートを取ったならば、必ず上位にランクインするであろう「電灯の紐シャドーボクシング」が、今まさに稽古場の隅で、エイジン、アラン、アンヌ、イングリッドが見守る中、名門ガル家の悪役令嬢グレタによって白昼堂々と行われていた。
普段はサンドバッグをぶら下げるフックに、電灯のスイッチ紐が結わえつけられ、顔の高さで揺れている紐の下端の握り部分めがけて絶え間なく張り手を繰り出し続けるグレタの姿は、どこからどう見てもギャグにしか見えなかったが、やっている当人も傍で見ている四人も至って真面目な表情であり、それが却ってシュールさを際立たせている。
昼の休憩を挟んで、朝から夕方まで延々とこの紐シャドーをさせた後、エイジン先生はもっともらしい顔で、
「今日から一週間この修行を続ける。果てしなく地味な修行だが、嫌になったらいつでもやめるがいい」
と、グレタに言い渡したが、
「一週間位楽勝よ」
自分が騙されている事に気付いていないグレタは、自信満々の笑みを浮かべて言い返し、引き続きアンヌの指導の下、通常トレーニングを開始した。それを見届けてから、エイジンとアランはその場を後にする。
ちなみにイングリッドは昼の休憩時にメイドとしての雑事をする為、既にエイジンの小屋に戻っていた。
稽古場を出てからしばらくして、エイジンはアランに、
「何とか上手く騙されてくれた様だが、こっちは笑いを堪えるのに一苦労だったぜ」
と、愉快そうに話し掛ける。
「え、あの説明、全部嘘だったんですか?」
真顔で問い返すアラン。
「おいおい、裏事情を知ってるお前が騙されてどうする。もちろん全部嘘に決まってら」
「あまりにもよく出来ているので、すっかり信じてしまいました。実はエイジン先生は、本物の古武術マスターだったのかと」
「んな訳ねえよ、目を覚ませ。よし、ちょっと例の倉庫まで行こうか。その幻想をぶち壊してやるから」
二人は異世界関連の品が置いてある倉庫へと向かった。
「『屋敷の自室に戻ったら、自分も電灯の紐相手にやってみようかな』、と、つい思ってしまった位です」
「別にやっても構わないが、ものすごく恥ずかしい姿だから、人には見られない様に気を付けろよ」
グレタは騙したが、共犯者のアランには忠告する優しいエイジン先生だった。




