▼449▲ 乙女ゲームより面白い現実
「これも修行だ」
と言い張るエイジン先生の指導の下、「犬でも作れるノベルゲーム入門」という怪しげな本を頼りに約一ケ月間、稽古場でどう考えても武術修行とは程遠いゲーム制作をずっとやらされていたグレタが、
「ついに出来たわ、エイジン!」
幼い子供が庭で捕った大きな虫を得意げに親に見せる様な感じで、嬉々として作品の完成を報告した。
「よし、頑張ったな、偉いぞ」
そんなグレタの頭を撫でて褒めてやりながら、
「何せ、素人が制作するノベルゲームのほとんどが未完成で終わるからな。特にネットを介して集まった有志のサークルとかは、ほんの序盤だけ作って作品を放置したまま雑談とオフ会に明け暮れた挙句、いつしか喧嘩別れして自然消滅するのがよくあるパターンで」
妙に生々しくも不穏な事を口にするエイジン先生。
「とにかくプレイしてみて! 短いけど力作よ!」
「短くても完成させる事が重要なんだ。さてと、もうゲームは起動してるのか」
稽古場の片隅の机の上のノートパソコンの画面を、椅子に座っているグレタの肩越しに覗き込むエイジン先生。
「短いゲームと言う割にタイトルは妙に長いな。『古武術マスターは今日も名家の令嬢とそのメイドにひざまづいて永遠の愛を誓う』?」
「いいタイトルでしょ?」
してやったり、と言わんばかりの笑みを浮かべるグレタ。
「タイトルだけでストーリーが容易に予想出来るって意味ではすごく親切かも。ゲーム自体をやらずに済むし」
「やるの! ほら、座って!」
グレタはそう言って立ち上がり、空いた席にエイジンを無理やり座らせる。
「タイトルから察するに、このゲームのヒロインは令嬢とメイドの二人だよな?」
「そうよ」
「それぞれのルートに分岐するのか?」
「しないわ。一本道だもの」
「まあ、分岐を作らない方がバグる危険性が少なくていいが。すると、この『古武術マスター』とやらは、そいつら二人のヒロインをまとめて危機から救い出さなきゃならんのか」
「救う必要もないわ。ヒロインは危機に陥らないもの」
「最初、『ヒロインの危機をヒーローが救うお話』にするって言ってなかったか?」
「危機から救い出す場面はともかく、そこに至るまでのあれこれを考えるのが面倒くさくなったのよ」
「創作あるあるだな。書きたい場面だけじゃ物語は作れないっていう」
「いいからやってみて! エイジンの感想が聞きたいの!」
せっつくグレタの要求に従い、「古武術マスターは今日も名家の令嬢とそのメイドにひざまづいて永遠の愛を誓う」のプレイを開始するエイジン先生。プレイと言っても基本的にはエンターキーを連打するだけであるが。
しばらくエンターキーを連打してストーリーを進めた後、
「毎日毎日、歯の浮く様なお追従を言って令嬢とメイドのご機嫌を取るだけだな、この『古武術マスター』とやらは。たまにはイタズラの一つも仕掛けたら面白かろうに。落とし穴を掘って令嬢をそこに落としたり、クレーンでメイドを吊るして空中で焼き肉を食わせたり」
無表情でしょうもない感想を述べるエイジン先生。
「そんな事しないわ! 『古武術マスター』はヒロインを心から愛してるのよ!」
用意していた巨大ハリセンでエイジンの頭をはたくグレタ。
ゲームより現実の方が面白かった。




