▼442▲ ネットを介して本妻を挑発するアダルトチャット嬢
壁、天井、絨毯、家具共に白を基調とした空間に、シンプルなデザインの赤いソファーが強烈なインパクトを与える、あまり目に優しくないモダンな感じの応接室で、
「すまないがコンセントを貸してくれ。ウチのグレタ嬢が、あんたと俺の会談の様子を生で観たい、ってうるさくてな」
持参したノートパソコンにウェブカメラを取り付けて大型テレビの横に置き、電源コードを片手にマリリンに許可を求めるエイジン先生。
「ええ、構わないわ。でもそれならいっそ、ここに来てもらった方がいいんじゃないかしら? 何なら、アーノルドをまた迎えに行かせるわよ」
地味な濃紺と白のエプロンドレスに身を包んでいても、その溢れ出る色気を抑えきれないマリリンが無邪気に提案する。
「勘弁してくれ。あんたに翻弄されていいオモチャにされるだけだ。まあ、それが目的なんだろうが」
「あら、残念。エイジンさんを間に挟んでの修羅場を楽しみたかったのに」
「やめてくれ。檻の中のサルを無駄に挑発して喜ぶ子供かあんたは」
「中継している間、グレタさんのコメントはこっちに届くの? アダルトなライブチャットみたいに」
「変なモンに例えるな。いや、一方的にこっちから向こうへ会談の様子を中継するだけだ。双方向の意思疎通を許したら、あんたと隔離した意味がない」
「うふふ、意地が悪いわね、エイジンさん」
「あんたにゃ負けるよ」
へらず口を叩きながら無事接続を終え、
「よし、これで繋がった。もう俺達の映像と音声は向こうに届いてる」
ノートパソコンの画面に映る自分達の姿を指し示すエイジン先生。
「ちょっといいかしら?」
マリリンは好奇心旺盛な猫よろしくウェブカメラの前に歩み寄り、
「はぁい、グレタさん。ちょっとエイジンさんをお借りするわね」
無駄に色っぽい笑顔で挨拶した後、エイジンの方を向いて、
「うふふ、本妻に宣戦布告する愛人、ってとこかしら?」
さも愉快そうにのたまった。
「だからそういう悪趣味な冗談は――」
うんざりした表情でそう言いかけた瞬間、エイジン先生の携帯の着信音が鳴る。
「はい、もしもし」
「ちょっと、エイジン! その女に言いたい事があるの! 代わってちょうだい!」
出ると案の定グレタの怒鳴り声が聞こえて来たので、
「安っぽい挑発に乗るな。反応したらマリリン嬢の思うツボだぞ。大人しく観てろ」
それだけ言って、素っ気なく通話を打ち切るエイジン先生。
「まあ、ひどい。奥さんにはもっと優しくしてあげなきゃダメよ」
その言葉とは裏腹に、さも愉快そうに笑うマリリン。
「奥さんじゃねえし、ひどいのはあんたの方だよ」
とその時、再びエイジン先生の携帯の着信音が鳴る。
「はい、もしも」
「エイジン先生、マリリン嬢に伝言をお願いします。『そのメイド服は私のキャラと被るので、出来れば他の衣装に着替えて頂きたいのですが』と」
今度はイングリッドからだった。
「やかましいわ」
一言だけツッコミを入れて通話を切るエイジン先生。
「今の女の人はだあれ?」
興味深々で尋ねるマリリン。
「グレタ嬢のメイドだ。時々錯乱しておかしな事を口走る」
淡々とひどい事を言うエイジン。
「ああ、例の美味しいチェリーパイを作ってくれたメイドさんね。そのメイドさんにも手を付けてるの?」
「付けてない」
「うふふ、お盛んねエイジンさん。いいわ、着替えてあげる。ちょっと待ってて」
そう言ってマリリンは部屋から出て行き、しばらくしてから、
「これでいいかしら?」
黒い生地に派手な白いフリル、ピンクのバラを横に付けた黒いチョーカーはいいとして、肩と胸元は思いっきり丸出し、底の浅い皿を引っ繰り返した様なマイクロミニのスカートという、もはや痴女に近いフレンチメイドの格好になって戻って来た。
「うん。よくないと思う」
そう言った瞬間、エイジン先生の携帯が鳴り、
「はい、もし」
「マリリン嬢に伝言をお願いします。『中々やりますね』と」
そんなイングリッドからのボケ倒しの通話を無言で切るエイジン先生だった。




