▼44▲ 絶対に真に受けてはいけないインチキ古武術理論 その三
一昔前に秋葉原駅前でよく見かけた実演販売さながらに、グレタ、アラン、アンヌ、イングリッドをすっかり魅了してしまったエイジン先生は、タライの水を使ってのハッタリをカマした後、ゆっくり立ち上がり、分かった様な分からん様なつかみ所のない説明をさらに続けた。
「とは言うものの、ただ単に掌で勢いよく引っぱたけばいい、というものではない。水は速くぶつかればコンクリートの様に固く反発する性質があるから、内部に大きな波を起こす事が出来なくなる。もちろんゆっくり打ってもダメだ。綿の様に柔らかく包み込まれて接触面が沈んでしまう。
「イメージとしては、『水が少し固いゼリー状に感じられる位』の速度、あるいは周波数と言った方がいいかもしれないが、その位の感じで、瞬時に掌から鋭い波を相手の肉体に送りこむ、と考えれば大体合っている。
「さて、その肝心の衝撃波を起こす打ち方だが、こればかりは口で説明して分かるものではない。対象物に強く鋭い振動を与えるには短く弾くのが基本である、という事に変わりはないが、人体相手にそれを会得するには、修練が必要だ。
「ヒントとしては、『瞬発的に生じる力を用いて、ストロークを短く、貫くのではなく貼り付ける様に打つ』、といった事を心掛ける様に。ただし、このヒントにこだわり過ぎると本質を見失う恐れがある。あくまでもヒントだ。
「一応、足腰をしっかり据えて打った方が、手の先に衝撃を与え易いという事は言える。これは特別な事ではなく、打撃系全般のセオリーだ。毎日スコップで穴を掘らせた後に埋め戻させたのも、この足腰の使い方を意識させる為だったが、やはり、必ずしもそれが正解と言う訳ではない。
「ぶっちゃけてしまえば、『どの様なフォームで打てばいいか』、という問いに正解はない。相手の体に衝撃波を送りこんで内部にダメージを与える事が出来るならば、その打ち方こそが正解なのだ。
「古武術の奥義の原理の説明は以上だ。質問は受け付けない。後はただ修練あるのみ」
こうして一方的に説明を打ち切ったエイジンは、懐からある物を取りだした。
「それは何?」
もうすっかりエイジンに騙されている様子のグレタが問う。
「少しやってみれば分かるが、拳に比べて掌による突きはかなり打ちにくい。だからまず衝撃波云々より、掌を使った突きに慣れる必要がある。これはその為の道具だ」
そう言ってエイジンは、その丸められていた物を両手で伸ばして見せた。
全長約一メートルの、電灯のスイッチ紐である。
「今日からしばらくの間、ぶら下げたこのスイッチ紐をひたすら掌で打つ修行に入る」




