▼438▲ ある種の人間に見せるとその精神に激しい狂気を引き起こす写真
「さて、俺としても頂くモノは頂いた事だし、長居は無用だ。この辺でお暇させてもらうよ」
一仕事終えたプロの空き巣の様な台詞と共にソファーから立ち上がるイジン先生。
「では、車まで見送ろう。最後までしつこく気配りに徹するのが我々政治家の気質でね」
続いて立ち上がろうとするライアンパパを横から制し、
「エイジンさんのお見送りは私に任せて、お父様はここに残ってください」
そう言って、自ら立ち上がるテイタム九歳。
「おやおや、テイタムは随分エイジンさんの事が気に入った様だね。ちょっと妬けちゃうけど、娘の幸せの為にパパは気を利かせようか! じゃ、これからもテイタムの事はよろしく頼んだよ、エイジンさん!」
再びソファーの背に深くもたれ、おどけた口調で別れを告げるライアンパパ。
「お気遣いありがとうございます、お父様。ではエイジンさん、さっきのメイドさんと続きがしたくてうずうずしているお父様は放っておいて、車までお送りしますね」
そんな父の本音をあっさり看破しつつ、エイジンと共に部屋を出るテイタム。
「あのエロ親父に気を利かせ過ぎるのも考えモノだぞ。ま、俺としちゃ、お嬢ちゃんと二人きりになれて好都合だったが」
廊下を歩きながら尋ねるエイジン先生。
「もしかして私の事口説いてますか、エイジンさん?」
笑顔で見上げながら尋ねるテイタム九歳。
「何か発想がウチのダメイドに毒されて来たな。あんな大人になっちゃダメだ」
「冗談です。グレタさんとイングリッドさんを敵に回す様な事は出来ません」
「知能レベルから考えれば、あの二人はどうあがいてもお嬢ちゃんの敵じゃないから大丈夫。『二人きりになれて好都合』って言ったのは、これをお嬢ちゃんにこっそり渡しておきたかったからだ」
歩きながらブリーフケースを開け、中から数十枚の写真の束を取り出すエイジン先生。一番上の写真には、バニーガール姿のグレタ、イングリッド、ジェーン、テイタムが寄り添って写っている。
「家出中のお嬢ちゃん達を撮った貴重な写真の数々さ。本当は今回の事件の説明をする時に使おうと思ってたんだが、君のお父さんを実際に見たら、やめた方がいいと気が付いた。あのエロ親父にとっちゃ目の毒になるものが多過ぎる」
「賢明な判断です、エイジンさん。こんなものを父に見せたら、『君の家にお邪魔していいかな? 今すぐ!』とか言い出すに決まってます」
「もちろん目の毒じゃない写真もあるから、その辺の検閲はお嬢ちゃんに任せるよ」
そう言って写真の束をテイタムに手渡すエイジン先生。
「とりあえず、グレタさんとイングリッドさんが写っている写真は見せない事にします」
「それがいい。それから、ファッションショーの時にあげると言った服は、後でまとめてニールキック家に送るから。ジェーンお嬢ちゃんの分も同時にレンダ家に送るつもりだ」
「ありがとうございます。特にグレタさんから頂いたドレスは宝物にしますね」
「グレタ嬢が聞いたら喜ぶよ。お嬢ちゃん達の事はいたく気に入った様だから、これからも仲良くしてやってくれ」
「はい、エイジンさんも、グレタさんとイングリッドさんを大切にしてあげてください」
「大切に調教するよ。気分は犬の訓練士だ」
「それを聞いて安心しました。犬の訓練士さんは犬との信頼関係をすごく大事にするそうですから」
当の犬達が聞いたらエイジンに咬みつきそうな軽口を叩き合いながら、二人が屋敷の玄関を出て庭園の方へ回ると、緑の木々と色とりどりの花々に囲まれた芝生のある空間に華奢な白い椅子とテーブルが用意されており、そこにハーレムラブコメ漫画の表紙よろしく十人位の若いメイドさん達に囲まれたアラン君が、作り笑顔を引きつらせつつ居心地悪そうに縮こまって紅茶を啜っている所だった。良く見ると、応接室でライアンパパのお相手をしていた美人秘書とメイドもちゃっかりそこに混じっている。
「キャバクラかここは。いくらなんでもおもてなしが過剰過ぎやしないか?」
呆れた様に言うエイジン先生。
「どちらかと言うとアイドルに群がる女子学生の方が合ってますね。彼女達は仕事と言うより、好きでやってるみたいですから」
「え、アレ、自分達の仕事をほっぽり出してアラン君に群がってるのか?」
「お恥ずかしい限りです。でも、相手がアランさん程のイケメンさんなら無理もないかと」
「なるほど、親父さんは一緒に来なくて正解だったな。自分の所のハーレム要員が根こそぎ他人に奪われてる状況を目の当たりにするのは辛かろう。もっともそういうシチュが趣味なら話が別だが」
やがて二人が近付いて来るのに気付くと、アラン君の表情がぱあっと明るくなり、
「あ、話は終わったんですね、エイジン先生! グレタお嬢様がお待ちです、すぐガル家に戻りましょう!」
隙あらば四方から体を寄せて来るうら若きメイド軍団と美人秘書の中から、救いを求める様な口調で呼び掛けた。
「その前に記念撮影しとくか」
携帯を取り出してハーレム状態のアラン君を撮影するエイジン先生。
「エイジン先生!」
「よし、後でアンヌにも見せてやろう」
「絶対やめてくださあああい!」
悲鳴を上げるアラン君。
「ねえ、アンヌって誰? もしかして恋人?」
「綺麗な人? 写真ある? 写真!」
「携帯の中にあるんでしょ、見せて! ついでにアドレスも交換しよ!」
相手の都合におかまいなく、ここぞとばかりに自分達の携帯を出してアラン君に迫る興奮気味のメイド軍団と美人秘書。
「女は集団になると怖いなー」
冷静に評しつつ、アラン君の悲鳴を無視して写真を撮り続ける無慈悲なエイジン先生。
「皆さん、もうすぐお父様がここへ来ますから、仕事に戻ってください」
テイタムが機転を利かせ、ようやくアラン君を解放する名残惜しそうなメイド軍団と美人秘書。
「レンダ家で監視されてた時の方が遥かにマシでしたよ!」
後でアラン君はそんな贅沢過ぎる不満を漏らしたという。
「それと写真は絶対破棄してください! アンヌに見せたら大変な事になりますから!」
涙目で懇願するアラン君。




