▼431▲ 「理想は理想、現実は現実」と割り切る事が出来る女
「テイタム! しばらく君の顔を見れなくて、パパはとっても寂しかったよ!」
今までメイドを膝の上に乗せてよろしくやっていたのを全て無かった事にしてソファーから立ち上がり、さも嬉しそうな表情で娘の方に歩み寄るライアン。
「私もです、お父様!」
娘も娘で、平然と澄ましていた表情から一瞬で笑顔になって、父の元に駆け出して行くテイタム。
二人は部屋の中央で、ひし、と抱き合い、まるで親子の情愛をテーマにした映画のワンシーンの様な光景を作り上げた後、監督から「はい、カット」と言われて演技を終えた役者よろしく互いから、スッ、と離れ、
「と、まあ、こんな具合に他人の目を意識して、すぐにハートフルな家族の演技が出来るのが政治家さ」
「エイジンさんならすぐに見破ってしまわれる事と思いますが、一応ノリということで」
二人揃って素に戻り、エイジン先生の方に向き直って解説してくれた。
「ああ、あんた達が本当に親子だって事が一瞬で分かったよ。二人共大した役者だ」
その切り替えの早さに呆れつつ感心するエイジン先生。
「さっきも言った様に、テイタムの事はさほど心配してなかった。何か考えがあるに違いない、と分かっていたからね」
「色々問題の多い父ですが、こんな風に私をよく理解して自由に行動させてくれている事については感謝しています。とりあえず立ち話もなんですから、どうぞソファーにかけてください、エイジンさん」
そう言って自分達もソファーに座るライアンとテイタム。親子だけあって顔立ちが似ているが、それ以上にこの二人は立ち居振る舞いがそっくりである。まるでモーションキャプチャーで動きをトレースさせている本人と3DCGキャラの様。
そんな親子と向かい合ってソファーに座り、
「あんた達親子の奇妙かつ良好な関係については、カウンセリングの必要もなさそうだな。ただ、父親の方の度が過ぎるリビドーについては、問題が発生する前に何らかの矯正プログラムを受けさせた方がいいかもしれないが」
割と失礼なアドバイスをするエイジン先生。
「おやおや、ひどい言われ様だね。でも約束した通り、君達を待っている間はあの美人秘書を呼ばなかったよ」
「代わりにメイドを連れ込んでたら同じだ。『酒を飲むな』と医者に言われてるのに、『ビールは酒の内に入らない』と言い訳して飲もうとするアル中か、あんたは」
「はっはっは、娘の前で説教は勘弁してくれたまえ。父親の面目が丸潰れになってしまう」
「その娘の前でさっきあんたがやってた事の方が、よっぽど面目が丸潰れだよ。まあ、テイタムお嬢ちゃんはよき理解者の様だから、面目が丸潰れてもあんたを父親として認めてくれると思うが」
そんな二人の大人のしょうもない掛け合いに、
「認めるというより、もう諦めてます。エイジンさん」
割と辛辣なコメントを挟むテイタム九歳。
「だとさ。いい娘を持ったな」
「政治家の娘としては最高だね! 『理想は理想、現実は現実』と割り切る事が出来るのは素晴らしい才能だ!」
愛娘に諦められてしまっても、まったく懲りないライアンパパ。
「まあ一理あるかもな。それにテイタムお嬢ちゃんは知恵もあり度胸もある。さらに加えて友達思いだ。こんな頼もしい九歳の女の子はそういるもんじゃない」
「買い被り過ぎです、エイジンさん」
微笑みつつ謙遜するテイタム。
「いや、本当の事さ。第一、今回のジェーンお嬢ちゃんの家出にしたって、一から十まで全部計画して見事に成功させたのは」
エイジン先生はそこでニヤリと笑い、
「他ならぬお嬢ちゃんの功績じゃないか。大したもんだよ、本当に」
この九歳の女の子こそが今回の事件の首謀者である、と暴き立てた。




