▼430▲ 焼き上がったパンが飛び出すトースターがある実家
「あんたがどんなタイプの女が好みとかどうでもいいわ。修学旅行の夜じゃないんだから」
そう言ってエイジン先生はテーブルの上の二千万円の入った紙袋を、ひょい、と取り上げ、
「じゃ、確かに金は頂いたから、テイタムお嬢ちゃんをここに連れて来るぜ。でも待ってる間、あの美人秘書をまた部屋に呼ぶなよ。俺が戻った時、娘の目の前でくんずほぐれつの真っ最中、なんて事のない様にな」
このエロ親父が親子対面の感動シーンを台無しにしない様、釘を刺してから応接室を出て行こうとすると、
「善処しよう」
胡散くさい笑みと共に政治家の常套句を口にするライアン。台詞が台詞だけに当てにならない事甚だしい。
部屋の前で控えていたメイドに再び案内され、正面玄関前で待たせていた車へ戻り、
「お嬢ちゃんの言った通りだ。お父さんはこっちが拍子抜けする位、あっさり金を支払ってくれたよ」
テイタムとアランに紙袋の中の二千万円を見せるエイジン先生。
「これでエイジンさんの完全勝利ですね。本当にありがとうございました」
現ナマを前にして、にっこりと天使の様に微笑むテイタム。絵面的にはむしろ悪魔だが。
「やっと肩の荷が下りましたよ。一時は本当に逮捕されるんじゃないかと気が気じゃありませんでした」
心底ほっとした様子のアラン。ある意味今回の事件の一番の被害者。
「じゃ、お父さんの所に行こうか、テイタムお嬢ちゃん。アラン君はここで、もうちょい待っててくれ。何なら、あのメイドさんをナンパしててもいいぞ」
「しませんよ!」
エイジン先生におちょくられて顔を赤くするアラン君を、
「アランさんならウチのメイドも喜ぶと思います」
テイタム九歳が追い打ちをかける。
「テイタムお嬢様までからかうのはやめてください」
「冗談です。でも、エイジンさんが戻って来るまでずっと車の中というのも何ですから、庭を眺めながらお茶でもいかがです? すぐに用意出来ますが」
「ああ、そういう事でしたら喜んで」
そう言って車を降りようとするアラン君に、
「メイドさんに逆ナンされない様に気をつけてな」
「勘弁してください!」
一つのネタを引っ張るしつこいエイジン先生。
車から降りたテイタムは、待機していたメイドにアランをおもてなしする様に声を掛けると、
「エイジンさんは私が案内します」
と言って、エイジン先生と一緒に屋敷の中へ入って行く。
「俺が戻るまでにアラン君がメイドさんに押し倒されてなきゃいいが」
廊下を歩きながら、まだ同じネタを引っ張るエイジン先生。
「ウチの父とは心配のされ方が逆ですね。ここでは父に押し倒される事のない様に、メイドに防犯ブザーを支給してる位です」
平然とした様子でネタに乗っかるテイタム九歳。
「どんな屋敷だよ」
「冗談です。父は腕力で無理やり女性をねじ伏せたりはしませんから」
「一応、プレイボーイなりの美学があるんだな」
「ただ、困った事に――」
そう言いかけた時、二人はもう応接室の前まで来ており、テイタムはドアをノックもせずにいきなり開ける。
部屋の中ではソファーに座るライアンパパの膝の上に若いメイドが座るという、幼い子供の教育上よろしくない光景が展開されていた。さらによろしくない事に、ライアンパパの左手はメイドの左胸をまさぐり、右手は人差し指でメイドの唇をなぞっている始末。
切なそうな表情で頬を赤く染めていたメイドは別の意味で真っ赤になり、
「お、お帰りなさいませ、テイタムお嬢様!」
ライアンパパの腕を振り払うと、ポップアップトースターで焼き上がった食パンの様に、ぴょん、と飛び上がり、ソファーから少し離れた所に立った。
「ただいま。お父様とお話があるので、席を外してもらえる?」
特に皮肉ではなく、あたかもそれが日常茶飯事であるかの様な普通の調子でメイドに話しかけるテイタム。
「は、はい、かしこまりました!」
そう答えて、そそくさとメイドが出て行くと、
「防犯ブザーを支給するだけ無駄だな、ここん家は」
呆れつつも、一応ツッコんでおくエイジン先生。




