▼43▲ 絶対に真に受けてはいけないインチキ古武術理論 その二
「よく鍛え抜かれた肉体を『鋼の体』などと形容する事があるが、肉体は決して鋼などではない」
そう言ってエイジン先生は、床に置いてあった水枕を拾い上げた。
「個人差はあるが、人体の約三分の二は水だ。つまり肉体の性質は、鋼よりこの水枕の方が近い。攻撃を受けた時、肉体の装甲は、はね返すよりは吸収する事で内部への衝撃を防ぐ。
「液体が衝撃を吸収する威力は、普通人が考えている以上に大きい。水中でライフル銃を撃つと、発射された弾丸は二メートルも進まない内に速度を奪われて落ちてしまう。
「もし、肉体が鋼ならば、むしろ衝撃を内部に伝える事は簡単だ。それぞれが二本の細い糸でV字に吊るされた数個の鉄球を一列に並べた、『ニュートンのゆりかご』と呼ばれている仕掛けを見た事があれば分かると思う。
「端の一球を持ち上げて球の列に衝突させると、その衝撃はそのまま反対側に伝わり、結果もう片方の端の一球が衝突させた球と同じ速度で飛び出すのだが、これは金属がその固さ故に、衝撃をほぼそのまま伝えてしまうからだ。あれが柔らかいスポンジの球だと衝撃は吸収されて、反対側の球はほとんど飛び出さないだろう。
「では、この柔らかいクッションの役割をする肉体の装甲を貫いて、内部に衝撃を伝えるにはどうすればいいのか?
「さっきも言った様に、人体の約三分の二は水だ。水は波を伝える。この性質を利用して、外部から力ずくで破壊するのではなく、衝撃波を与えて内部に浸透させる様に肉体を打てばいい。
「その打ち方の基本はこうだ」
エイジンはしゃがんで水枕を床に置き、水を張った金ダライの周りに、グレタ、アラン、アンヌ、イングリッドを集めた。
「どんなに素早く水面に指を突き刺しても、金ダライの中の水にはほとんど影響がない」
実際にエイジンが人差し指を水に入れて見せても、水面に小さな波紋が広がるだけで、水全体はほとんど動かない。
「だが、こうして手を開き、水面を引っぱたけば、金ダライの水は大いにゆらぐ」
次に、エイジンが掌で水面を引っぱたくと、パシャッ、という音と共に水しぶきが勢いよく跳ね、金ダライの中の水は激しく波立った。
「この様に接触部分の面積を大きく取った方が有利な為、この古武術の奥義は拳でなく掌全体を用いるのだ」
もう既にこの時点で考えるまでもなく普通にツッコミ所だらけのエイジン先生の説明を、文系男子一名と体育会系女子三名は、疑いを差し挟む様子もなく真剣に聞き入っていた。
香具師の口上にコロッと騙されてインチキな品物を買ってしまう客の様に。




