▼428▲ 誘拐事件のクライマックスにバブみを感じてオギャる親父
誘拐された娘の身代金の支払いという、本来ならば息が詰まる程の緊張感が漂うシーンにおいて、
「堅苦しい前置きは抜きにしよう。さ、ここに二千万円用意してあるから、遠慮なく受け取ってくれ!」
ついさっきまで美人秘書とよろしくやっていたのがバレバレの、頬にキスマークを付けたままのライアンは、テーブルの上に置いてある札束の詰まった紙袋を指差しながら、緊張感の欠片もない笑顔で気前良く言い放った。
そんなツッコミどころ満載のエロ親父の奇行に出端をくじかれつつも、
「話が早くて助かります。では、ありがたく頂きましょう。すぐにお嬢さんをこちらにお連れしますので」
二千万円という大金を前にして気を取り直し、営業用スマイルを浮かべて紙袋に手を伸ばすが、
「ところで、この頬のキスマークには何のツッコミも無しかい?」
「気付いてたなら拭えよ!」
実はツッコミ待ちだったライアンに、思わず素でツッコんでしまうエイジン先生。
「ははは、これも政治家の習性でね」
「習性て。発情期の動物かあんたは」
「いやいや、そっちじゃなくて、『この人はキスマークを消す時間すら惜しんで、自分と会ってくれている』、と思わせるテクニックの方さ。この手の人心掌握の為の小芝居は、もう職業病と言ってもいい」
「何か色々と言ってる事がおかしいんだが、それはまあいいとして、ともかくその頬の口紅を拭ってくれ。気になるから」
バカバカしくなったのか、よそいきの丁寧な口調をやめて、いつものぞんざいな態度に戻るエイジン先生。
「いいとも。じゃ、付けた本人に拭いてもらうとしよう」
そう言ってライアンが指をパチンと鳴らすと、美人秘書が白いハンカチを持って側までやって来て、乳幼児の汚れた口の回りを拭くお母さんの様に、このエロ親父の頬を優しく拭き始めた。
「幼い娘さんには見せられない光景だな。とりあえず車で待機させておいて良かった」
「大丈夫さ。あの子はもう慣れている」
「慣らすなよ!」
幼い娘に見せられないというより、むしろ自分が幼い息子に戻るというプレイを満喫していたライアンの頬からキスマークが拭い取られると、
「ありがとう。すまないが君は席を外してくれ。私はこのエイジンさんとしばらく内密な話がしたいのでね」
「かしこまりました」
美人秘書は言われた通りに応接室から出て行った。
「どうだい、中々いい女だろう?」
「それが内密な話かよ! ってか、秘書を採用する時、容姿で選んでるな、あんた」
ツッコミつつ呆れるエイジン先生。
「もちろんさ。側に置くなら綺麗な女の方がいいに決まってる!」
悪びれずに断言するライアン。
「自分の欲望に正直過ぎ。せめて大事な娘が帰って来る時くらいエロは自重しろ。ちょっとは心配する素振りの一つも見せてやれよ」
「ああ、テイタムの事なら、私はまったく心配していない」
「それでも父親か、あんた」
「あの子はそんじょそこらの大人より賢くてね。悪人に捕まってピンチに陥るなんてヘマをやらかすとは到底考えられない」
そう言ってライアンは白い縞の入った明るいグレーのスーツの上着のポケットを探って、
「論より証拠。送られて来たこの写真を見れば、あの子の身に危険が全くない事がはっきりと分かる」
脅迫状に同封されていたテイタムとジェーンが笑顔で写っている写真を取り出して、テーブルの上に、ぽい、と放り出し、
「もし、あの子が本当にピンチに陥っていたとしたら、この写真を利用して何かメッセージを送るはずだからね。ちょっとした仕草や表情を使ってそれと気付かれずに必要な情報を送る、いわゆる『通し』などあの子は朝飯前だ。ところがこの写真には、そんな『通し』が何一つ見当たらない」
それまでのヘラヘラしたエロ親父から一転、抜け目のない政治家の表情になって、
「つまり、あの子はこう言っているのさ。『何も問題はない。この脅迫状の要求通りに行動されたし』、とね」
自信たっぷりに、そう言い切った。




