▼425▲ 右の乳を揉んだらバランスを取る為に左の乳も揉めという教え
明らかにいつもと様子が違うヘンリーパパの挙動に戸惑いつつも、長めの抱擁から解放されたジェーンは、
「お父様もああ言っておられる事ですし、部屋に戻ってゆっくり休むといいですよ、ジェーンお嬢様」
やたら丁寧な口調のエセ心理カウンセラーモードなエイジン先生に促され、狐につままれた様な表情で応接室から出て行った。
「これで、良かったのか?」
娘がいなくなってからしばらくして、不安そうに尋ねるヘンリー。
「上出来です。これで親子断絶という最悪の事態は免れるでしょう。今後もジェーンお嬢様にはなるべく優しく接してあげてください。そうすればより一層完璧です」
偉そうにアドバイスするエセ心理カウンセラー。
「分かった。努力する」
「あとは、そうですね……たまにはお嬢様とどこかの湖で一緒にボート遊びをしたりするのもいいかもしれません。写真でご覧になった様に、昨日は大層楽しんでいらっしゃいましたから」
「ボート、か」
「では、私はこれで。これからニールキック家に、テイタムお嬢様をお送りしなければなりませんので」
「そうか。君には色々と世話になった。この四日間、娘を無事保護してくれていた事を改めて感謝する」
ただの紙切れを二千万円で買わされた詐欺被害者ヘンリーがそう言って差し出した右手を、
「お役に立てて何よりです。今後とも末長くガル家をよろしくお願いします」
ただの紙切れを二千万円で買わせた詐欺師エイジンは爽やかな笑みを浮かべつつ握り締め、相手が騙された事に気付く前に素早く応接室を後にした。
この茶番劇の一部始終を黙って見ていたピーターも部屋を出て、
「実に見事なお手並みでしたよ、エイジンさん」
そう言いながら、エイジンの後からやって来る。
「そりゃどうも。ま、全ては有能なあんたの協力があってこその成果さ。改めて感謝するぜ!」
振り返って陽気に答える、ふてぶてしいエイジン先生。
「人に否応なく詐欺の片棒をかつがせといて、その言い草ですか。まったく大した人ですよ、あなたは」
追い付いて横並びに歩くピーター。
「あんた程じゃねえよ。あんたに真っ向から勝負を挑んで勝てるなんて思える程、俺も自惚れちゃいない。だから共犯者になってもらったのさ」
「『共犯者』ねえ。『共犯者』と言えばヘンリーさんへの説明の中で、この事件のもう一人の『共犯者』については何も言及しなかったようですが?」
「脅迫状を届けた人物の事か?」
「いえ、その人よりこの事件そのものに大きく関わっている共犯者の方です」
「気付いてたか。まあ、ここでは丸く収まった事だし、特に言わなくてもいいだろうと思って省略したんだ」
「なるほど。じゃあ、あたしもその件に関しては、ヘンリーさんに何も言わない事にしましょう」
「そうしてくれ。ただその辺の事情に関して、向こうでは全部説明するつもりだけどな」
「で、向こうからも二千万円ふんだくるつもりですか、エイジンさん?」
呆れた口調で問うピーター。
「そりゃ、こっちからだけ二千万円もらっておいて、向こうからは何もナシじゃ不公平だろ?」
図々しいにも程があるエイジン先生。




