▼423▲ 小さなお嬢様を肩に担いでのし歩く傍若無人なヘラクレス
正面玄関の前まで戻って来ると、ジェーンとテイタムとアランが乗っている車は相変わらず大勢の使用人達から監視を受けており、特に運転席でものすごく顔色を悪くしているアラン君を見て、
「さながらサファリパークの猛獣エリアで立ち往生した車だな。もう使用人達を屋敷に引っ込めてやってくれないか? あのままだとウチの運転手の寿命がストレスでマッハになりかねん」
この「ホントにライオンだ!」な状態から解放する様、ピーターに頼むエイジン先生。
「ええ、すぐに引っ込めさせますよ。ですが皆、ジェーンお嬢様の事が心配なんです。無礼は許してやってください」
ピーターは小学生を引率する教師よろしくパンパンと手を叩き、
「はい、ただ今を以て捜索本部は解散します。今までどうもお疲れさん」
もっさりとした口調でそう呼び掛けると、事情説明をすべく、ずらりと居並ぶ使用人達の方へ歩いて行った。
一方、エイジン先生は車の後部座席のドアを開けて中に潜り込み、
「お待ちどお。ほれ、身代金ゲットだぜ!」
車内で待っていた三人に紙袋の中の札束を見せてから、
「お父さんには『今回の件を絶対に咎めない』事もきっちり約束させておいた。これでまずジェーンお嬢ちゃんの分の誘拐に関しては、完全に俺達の勝ちだ!」
ドヤ顔で悪の勝利宣言を行っていた。
「信じられない……一体あの父をどうやって!?」
まるでライオンを素手で絞め殺したヘラクレスでも見ているかの様に、目を丸くして驚くジェーン。
「我が子を思う親心に付け込んだんだ。早い話、一人の父親としてお嬢ちゃんの事がそれだけ大事だった、って訳さ」
ちょっと聞きにはいい話だが、その実やっている事はほとんど振り込め詐欺と変わらない、悪魔の様なエイジン先生。
「だからもう心配する事は何もない。後はお父さんの所に行って、君の元気な顔を見せればそれで終わりだ。さ、行こう」
エイジン先生が先に外に出て、開けたドアを手で押さえたままそう言うと、
「行ってらっしゃい、ジェーン。この四日間、とても楽しかったわ」
「大丈夫ですよ、ジェーンお嬢様。エイジン先生は不可能を可能にしてしまう人ですから」
テイタムとアランも笑顔でジェーンを促した。
「……ありがとう、テイタム。それにアランさんも。力になってくれて、本当に嬉しかったわ!」
少し涙目になったジェーンは、二人と握手をしてから車を降り、
「ちょっと待って、エイジンさん。私、皆に謝らなくちゃいけないの」
「ああ、いいとも」
エイジン先生と一緒に、少し離れた所で待機していた五十人の使用人達の方へ歩き出した。ピーターによる事情説明が功を奏したのか、使用人達の表情からは当初のピリピリした雰囲気もすっかり消えている。
そんな彼らにジェーンが頭を下げ、神妙な口調で、
「この数日間、私の自分勝手な行動で皆に心配をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでした。私――」
と詫びかけると、使用人達の中から最初にエイジン先生に突っかかった、もとい応対した例の三十代位の男が一歩前に出て、
「どうか顔をお上げください、ジェーンお嬢様。使用人一同、お嬢様がこうして無事にお戻りになられたのであれば、それだけで十分なのですから。もう私達には何もお構いなく、すぐにヘンリー様にお会いしてください」
エイジン先生に最初に応対した時とは打って変わった優しい口調で、ジェーンの言葉を遮り、
「エイジン様、この四日間ジェーンお嬢様のお世話をして頂いた事を、使用人一同を代表して心からお礼申し上げます」
ついでにエイジン先生にも、そのままの口調で改めて礼を述べた。
「いえ、当然の事をしたまでです。では、早速お嬢様をヘンリー様にお引き合わせして参ります」
急に態度を変えた使用人に腹を立てる事なく、ジェーンを連れて屋敷内に戻って行くエイジン先生。
しかし後からついて来たピーターには、しばらく廊下を歩いた後で、
「あの使用人変わり身早過ぎ。流石プロだな」
としっかり茶化し、
「あなたに言われたくないでしょうよ、エイジンさん」
ピーターもそんなエイジンへ律義にツッコミを入れていた。




