▼419▲ 何も教えてくれない教科書と誰にも分からない明日
「つまり、最初から誘拐事件などなかったのです。『家出していたお嬢様達をたまたまガル家で保護し、気持ちが落ち着くまでお預かりした後で、それぞれの家にお帰しした』だけだった、という訳です。ご理解頂けましたか、ヘンリーさん?」
ここにおいて、ついにエイジン先生は自分がやらかした行為を、どこかいい話風にまとめてしまい、
「ああ、理解した。娘が世話になった事は感謝しなければなるまい」
一度に大量のデータを送りつけられて脳がサーバーダウンを起こしたヘンリーパパは、まんまと言いくるめられてしまい、あまつさえ感謝の意まで表明する始末。
「いえ、礼には及びません。あなたや、ピーターさんを始めとする五十人近い使用人の方々の並々ならぬ辛苦があってこそ、今回の家出事件が解決したとも言えるのですから」
謙虚な様に見えて、その実ふてぶてしいにも程がある台詞を吐くエセ心理カウンセラーエイジン。
「それに、今回の事件は丸っきりの骨折り損という訳でもありません。ある意味、ジェーンお嬢様は他の誰にも真似できない大手柄を立てられました」
「大手柄? それは一体どういう事だ?」
サーバーダウンを起こして思考が追い付かないヘンリーパパの目の前で、エイジン先生はブリーフケースからさらに数枚の写真を取り出し、テーブルの上に追加して並べ、
「お預かりしていた三日間で、ジェーンお嬢様はこちらのグレタ嬢と意気投合して、すっかり仲良くなられました。
「例えばこの写真でジェーンお嬢様がお召しになっているドレスをご覧ください。これはグレタ嬢がまだ子供の頃に着ていたもので、特注のかなり高価な思い出の一品ですが、グレタ嬢は、『気に入ったらあげるわ』、と惜しげもなくジェーンお嬢様にプレゼントされています。よほどお嬢様を気に入った証拠です。
「こちらの写真は、浴衣と言って、私が元いた異世界の民族衣装の姿でのツーショットです。まるで実の姉妹の様に、二人共仲睦まじく寄り添って笑っているでしょう?
「残りはライデル湖に行った時のスナップ写真ですが、やはりどれを見ても二人で楽しそうにしている様子が分かります。
「ご承知の通り、グレタ嬢はかなり気難しい性格で、一時は『ガル家の狂犬』の悪名を社交界に轟かせた程のお方です。おそらくレンダ家及びレンダ銀行のいかなる優秀な人材を派遣しても、この『ガル家の狂犬』のご機嫌を取る事は不可能に近いでしょうね。
「それをジェーンお嬢様は、たった三日でやり遂げてしまったのです。これは家出という不祥事を差し引いても、かなりの大手柄ではないでしょうか?
「二人の利害や打算を超えた友情は今後もずっと続く事でしょう。これは取引のあるレンダ家とガル家にとっても、ビジネス上悪くない話だと思われます。一方が困った時でも、もう一方が利害や打算を超えて援助の手を差し伸べる体制が出来上がったのですから。
「この功績に比べれば、『小学校のテストで常に上から十位以内に入っていた』、なんて事は何の自慢にもなりません。実際大人になってしまえば、『へー、そうだったんだ、すごいね』、と言われて終わりです」
そこで一旦言葉を切って、ヘンリーパパを意味ありげに見つめるエイジン先生。『テストで十位以内に入らなかった』というだけの理由でジェーンを引っぱたいていた事を、暗に非難しているのは明白である。
痛い所を突かれて思わず目をそらしてしまったヘンリーを見て、エイジン先生はにっこり笑い、
「お嬢様がちょっと位悪い成績を取ったとしても、あまり責めないであげてください。長い人生において何が役に立つかなんて、誰にも分からないのですから」
偉そうなごたくを並べて、相手の所業を戒めた。




