▼418▲ いたいけな女子小学生の心を弄ぶ悪魔共
「誤解のない様お断りしておきますが、別に『ピーターさんがあなたの命令に背いて、私達の狂言誘拐を手伝っていた』、と言っている訳ではありません」
ヘンリーがピーターを非難する前に、さっくりとフォローを入れるエイジン先生。
「しかし今、君ははっきり『共犯者』と言ったじゃないか」
訳が分からぬまま、とりあえず反論するヘンリーパパ。
「ええ、言いました」
エイジン先生は澄まし顔でそう答えてから、部屋の隅に立っているピーターに、
「すみませんが、ピーターさん。ここは一つ、あなたからヘンリーさんに説明して頂けませんか? 昨日、ライデル湖からの帰り道で、あなたがジェーンお嬢様を怒鳴りつけた一件についてです」
と解説を依頼した。
「あたしから? ええ、よござんすとも」
もっさりした口調でそれに応じ、ヘンリーとエイジンが座っている場所までやって来て、対面している二人の真横にあるソファーに、アームレスリングのレフリーよろしく腰を据え、
「このエイジンさんは、実に賢くて抜け目のない方でしてね。『一を聞いて十を知る』とか『生き馬の目を抜く』って言葉がぴったり当てはまるんですよ。敵に回したらこれほど厄介な相手はいませんが、逆に味方に付ければこんなに頼もしい人もいません」
ヘンリーに向けて、長々と語り始めた。
「その一方で子供に優しく思いやりがあるので、家出したお嬢様達に関しては、何の心配もない事も最初から分かってました。だからこのままお嬢様達の気が済むまで、ガル家で預かってもらっていても何の問題もなかったんですが、あまり事が長引くのもよろしくないので、エイジンさんと手を組んで一芝居打ったんです。
「手を組んだと言っても、直接何かを打ち合わせした訳じゃありませんよ。『賢いエイジンさんの事だから、あたしがこう出れば、きっとこちらの意を汲んでこう出てくれるだろう』、という具合のアドリブ芝居みたいなもんです。阿吽の呼吸ってやつですかね。
「さて、昨日の午前中、あたしが車に仕掛けておいた即席の発信器に動きがありました。発信器の軌跡からして、どうやら子供に優しいエイジンさんは、お嬢様達を屋敷の外に連れ出して遊ばせてあげるつもりの様です。
「あたしはすぐに人形遣いのナスターシャさんと一緒に、発信器の軌跡を頼りにエイジンさん達の後を追い、ライデル湖から帰る途中の道で待ち伏せをしました。向こうの車の現在位置はリアルタイムで把握してますから、そう難しい事でもありません。
「待ち伏せに成功したあたし達は、エイジンさん御一行の乗った巨大なキャンピングカーを、近くの廃工場に誘導しました。ここまではいいですか、ヘンリーさん?」
「ああ。それについては、昨日君から聞いた」
「で、ここからが本題です。昨日はあえて言わなかったんですが、正直な話、エイジンさんがすんなりお嬢様達をこちらに返してくれるとは思ってませんでした。リレーアタック用の機械や魔力で動く人形を使ってキャンピングカーに押し入ろうとした所で、抜け目のないエイジンさんの事ですから、どうにか防がれてしまうでしょう。実際、こっちの方は見事に失敗してます。
「ですが、あたしの真の狙いは、『無理やり車に押し入る』事ではなく、『ジェーンお嬢様へ直接厳しめに声を掛ける』事でした。キャンピングカーの中に隠れていてお姿を見る事は出来なくとも、近くで声を張り上げれば、嫌でもお嬢様の耳に届きますからね。
「それさえ済めば、後はエイジンさんが上手くやってくれるだろう、と踏んで、あたしはその場を去りました」
「どういう事だ? 私にはさっぱり分からないんだが」
一足飛びの唐突な結論を突きつけられたヘンリーパパが、たまりかねて問う。
「警察の取り調べでよく使う手です。いわゆる『良い警官、悪い警官』ってやつで」
少し肩をすくめて答えるピーター。
「?」
まだ事情がよく呑み込めていないヘンリー。
「容疑者に対して二人一組で警官が取り調べを行うんですが、一人は手荒で厳しい『悪い警官』を、もう一人は穏やかで優しい『良い警官』を演じるんです。すると、容疑者は『悪い警官』からひどく扱われた反動で、『良い警官』を味方だと思い込んで信頼し、素直に口を割る様になるって寸法で、単純なテクニックですが、実際かなり効果があります。
「今回の場合、あたしが『悪い警官』です。賢くて抜け目のないエイジンさんなら、きっとあたしの意図を見抜いて『良い警官』を演じてくれるだろう。そう信じて、あたしは全てエイジンさんに託しました。聞くまでもないですが、エイジンさん、あの後どうされました?」
「お察しの通り、『良い警官』となって、あなたに一喝されてしょげきったお嬢様を励ましてあげましたよ。結果はご覧の通りです。すぐに『これ以上、皆に迷惑をかけられない』と反省されて、家に帰る意志を示されました」
エイジン先生はそう答えてから、明かされた驚愕の事実に面食らっているヘンリーに対し、
「以上が、『私とピーターさんで共謀してジェーンお嬢様を騙した』事の全貌です。結果的にピーターさんは私の『共犯者』となりますが、あなたの命令には全く背いていません」
と締めくくって、爽やかな笑みを浮かべて見せた。




