▼417▲ 上司に報告・連絡・相談をしない優秀な部下
「し、しかし、それならそれで、一言こちらに事情を知らせておくのが筋ではないか? そうすれば、君もピーターにしつこく詮索されずに済んだろうに」
不思議なマジックを目の前で見せられた子供の様に、何が何だか分からないまま状況を理解しようとして却って混乱しているヘンリーパパ。
エイジン先生は首を横に振り、
「先程も申し上げた様に、そちらに知らせれば『娘を即引き渡せ』の一点張りだった事でしょう。それに、ピーターさんの執拗な詮索が緊迫感を与えたからこそ、お嬢様達がまんまと騙されてくれた、とも言えるのです」
ヘンリーパパの抗議を軽く一蹴して、
「さて、話を戻しましょう。後は狂言誘拐ごっこをしながら、ジェーンお嬢様が家に帰りたくなるまで気長に待つだけです」
ブリーフケースからさらに十数枚の写真を取り出し、テーブルの上に並べた。そこには、昨日のライデル湖でのボート遊びと、おとといのファッションショーの時に撮ったジェーンが写っている。
「ですが、ただ待っているだけでは面白くありません。なので、次の日にはこの様に、ガル家が異世界から商品として輸入している衣服を使ってファッションショーごっこをしました。さらに次の日にはご承知の通り、キャンピングカーをレンタルしてライデル湖に赴き、皆でボートに乗って遊んでいます。
「狂言誘拐ごっこでスリルを味わいながらあなたへの鬱憤を晴らしつつ、その一方でこんな風に純粋な気晴らしをしてストレス解消を図る。それが今回の事件の全てであり、それ以上でもそれ以下でもありません」
そんなエイジン先生の説明を聞き流しながら、楽しそうに笑っている娘の写真を食い入る様に見ているヘンリーパパ。
一枚一枚じっくり堪能してから、目を上げて、
「なるほど、大体事情は呑み込めた。しかし、それでも狂言誘拐はいささかやり過ぎではなかったか? おかげで私はこの三日間仕事が手に付かず、ピーターを始めとする五十人近い使用人達も、君達に騙されて無意味な捜索をさせられていた事になる」
まだ完全には納得していない様子で、エイジン先生を非難した。
「決して無意味ではありません。皆さんが心配してくれたからこそ、ジェーンお嬢様は家出を反省して戻る気になってくれたのです。もし皆さんが、『どうせ狂言誘拐だし、身の安全は保証されている。心配する事は何もない』、などと気楽に構えていたならば、『あんな薄情な奴らしかいない家に誰が帰るもんか!』と、まだ強情を張られていた事でしょう。それに」
エイジン先生はそこで言葉を切って、ピーターの方を指差し、
「有能な探偵であるピーターさんは、最初からこちらの計画を全部見抜いていましたから」
「まあ、そうだろう。彼は非常に優秀だ」
「それだけじゃありません。ピーターさんは全部見抜いた上でこの計画に理解を示し、私の共犯者にまでなってくれました」
「な、何だと!?」
「さっき、『私はジェーンお嬢様を騙した』、と言いましたが訂正します」
エイジン先生は軽く微笑んで、
「正確には、『私とピーターさんで共謀してジェーンお嬢様を騙した』、です」
混乱が収まりかけていたヘンリーパパを、さらなる混乱に陥れた。




