▼414▲ 心配性のお父さんを手玉に取る悪魔
初っ端から心に大ダメージを食らったヘンリーパパに対し、
「あなたについては、ジェーンお嬢様から色々とお話を伺いました。他ならぬご本人を前にして、それがどの様なものであったかは、一々ここで繰り返す必要もないでしょう」
具体的な内容をあえて言わない事で、逆に想像力をかき立てて不安を煽り、
「それらを総合した結果、今回の家出はあなたのお嬢様への接し方、それとあなたの普段の生活態度が招いた必然の事態だと言わざるを得ません」
暗に娘への暴力と愛人に入れ込んでいる現状をほのめかす事で、さらに追い打ちを掛けるエイジン先生。
「私が全部悪いと言うのかね」
動揺を抑えつつ、エイジンを睨みつけて言い返すヘンリー。
「良い悪い、という事ではありません。単に原因と結果を申し上げているだけです」
「人の娘を誘拐しておいて、盗人猛々しいとは君の――」
「誘拐などしていませんが? 色々な家庭の事情に耐えきれず家出していたお嬢様をたまたま保護し、気持ちが落ち着くまでこちらでお預かりしていただけです。昨日ようやく、お嬢様が『帰りたい』という意志を示されたので、こうしてお返しに上がった次第でして」
檻の中で吠えまくる猛犬の前を悠々と歩いて見せる野良猫の様に、顔色一つ変えずに言い返すエイジン先生。
「娘を保護して預かっていただと? その事については何も連絡して来なかったじゃないか! こちらがどれだけ心配したと思っている!」
「連絡すればジェーンお嬢様を即引き渡せ、と強硬に要求されるでしょう。引き渡せば、あなたはお嬢様をいきなり引っぱたき、弁明する機会も与えず恫喝に近い叱責を食らわせて、ただ『お前が悪い! 謝れ!』と怒鳴りつけて、無理やり謝らせる事は目に見えてます。私は心理カウンセラーとして、そんな事は到底――」
「お前に娘を心配する父親の気持ちが分かってたまるか!」
「逆にお聞きしましょう。あなたには、家出するまでに追い詰められていた娘さんの気持ちが分かっていましたか? 分かっていれば、そもそもこんな家出騒ぎは起こらなかったはずです」
「何だと!」
「父親が娘を心配するのは至極当然の事です。ですが娘さんの心情をまったく推し測ろうともせず、一方的に自分の主義主張を押しつけ、その結果深く心を傷付けてしまったのならば、それは心配ではなくただの児童虐待でしょう!」
逆ギレしたヘンリーパパにぴしゃりと言い返しつつ、テーブルの上の写真を取り上げ、
「では、具体的に娘さんの心情を推し測るにはどうすればいいか? 簡単な事です。普段あなたへ向けている表情をよく観察してください。そこに全て出ています」
ずい、と相手の目の前に突き付け、
「もし、あなたが少しでも娘さんの気持ちを分かってあげられていたならば、こういう笑顔はいくらでも見られたはずです。思い出してください。こういう笑顔の代わりに、娘さんの顔にはどんな表情が浮かんでいましたか?」
そこに写っている愛娘の無邪気な眩しい笑顔をダシにして、父親としてのプライドをズタズタに切り裂くエイジン先生。
思い当たるフシがあり過ぎて後ろめたさが逆ギレの怒りを上回ったのか、急速に青ざめて行くヘンリーパパ。
「まあ、それについてはひとまず置いておいて、とりあえず今回の家出事件について最初から説明させてください。そうすれば、色々な誤解も解ける事でしょう」
ヘンリーパパが落ち着いたタイミングを見計らって、自分のペースに持ち込もうとするエイジン先生。
そんなエイジン先生を部屋の隅から、
「どれ、お手並み拝見と行きましょうか」
と言わんばかりの表情で、高みの見物を決め込んでいるピーター。




