▼413▲ まず相手に致命傷を与えてから始める交渉術
「君の顔には見覚えがある。確か、ジェームズ・ストラグルとリリアン・ラッシュの結婚式の時、グレタ・ガルの伝言を届けに来た男だな」
西部劇で酒場にやって来て暴れ始めたゴロツキを外へつまみ出そうと席を立った保安官よろしく、侮蔑の色を込めた一瞥をエイジン先生にくれるヘンリー。
「ああ、あなたもあの場にいらしてたんですか。なら、話は早い。いかにも私がその時の男です。元婚約者の結婚を妨害しようと荒れていた、『ガル家の狂犬』ことグレタ嬢に根気よくカウンセリングを行い、あの様に全てを許す言葉を言えるまでにしたのも私です」
そんな一瞥を受けながら、かなり事実と異なる誇大広告をしれっと並べ立てるエイジン先生。
「大したカウンセラーだな。しかし、君は元々グレタ嬢に古武術の師範として召喚されたと聞いているが?」
しかしヘンリーにはバレていた模様。
「誤解です。確かに多少護身術の心得はありますが、私の本業は心理カウンセラーです。むしろ物事を暴力で解決する事には断固反対する立場を取っています」
昨日、嬉々として自分の師匠を暴力でブチのめしていた自称心理カウンセラーが抜け抜けと言う。
「ともかく、娘に早く会わせて欲しいのだが。その前に、何か私と話したい事があるらしいな。聞こう。掛けたまえ」
自分が普段娘を引っぱたいていた事を心理カウンセラーに糾弾されると面倒と思ったか、話題を変えつつ、そそくさと自身もソファーに座るヘンリー。
「では、堅苦しい前置きは抜きにして、早速話に入りましょうか」
テーブルを挟んで向かいのソファーに座り、
「まずはこれをご覧ください」
持って来たブリーフケースから一枚の写真を取り出し、テーブルの上に置くエイジン先生。
「これは……?」
「昨日ライデル湖で撮った写真です。スワンボートに乗っているジェーンお嬢様は、実に楽しそうに笑っていらっしゃるでしょう?」
「あ、ああ……人の気も知らないで、まったく困った娘だ!」
写真の中の娘の笑顔を見て険しい表情が緩みそうになるのを、顔に手を当てて必死にごまかそうとするヘンリーパパ。
「さて、ここで一つ質問があります」
「何だ?」
「ここ一ヵ月、いや数ヶ月でいいです。ジェーンお嬢様が、父親であるあなたにこういう笑顔を見せてくれた記憶はありますか?」
「……!」
エイジン先生のこの質問に、土手っ腹をいきなりナイフで刺された様な表情になるヘンリーパパ。
「その様子だと、無いんですね?」
ドス黒い悪魔の様な笑みを浮かべる自称心理カウンセラー。
悪魔は人の弱みに付け込んで魂を奪うのである。




