▼411▲ 怪しいにも程がある自称教育評論家
翌日の十時、もう段ボール箱をかぶってスネークな隠密行動をする必要もなくなったジェーンとテイタムは、家出して来た時と同じ服に着替え、よく晴れた昼前の日射しの下、家まで同行するエイジン、アラン、見送りのグレタ、イングリッド、アンヌと一緒に、ガル家の広い庭園内を歩いてガレージまでやって来た。
「嫌な事があったら、またいつでもここに家出して来なさいよ、ジェーン、テイタム。何も遠慮はいらないわ」
「嫌な事がなくとも、ぜひ普通に遊びにいらしてください、ジェーンお嬢様、テイタムお嬢様」
短期間ですっかり親密になったグレタとイングリッドに温かい言葉をかけられ、
「はい、お言葉に甘えて、必ずまた遊びに来ます。色々と私達の力になって頂き、ありがとうございました」
テイタムは屈託のない明るい笑顔でお礼を言い、
「ありがとう、グレタ、イングリッド。ここにかくまってもらっている間は、本当に楽しかったわ。それと……色々迷惑かけてしまって、ごめんなさい」
ジェーンは微笑みながら少し涙目で謝罪の言葉を口にする。
「エイジンが普段やってる事に比べたら、ちっとも迷惑じゃないから、謝る必要なんかないわよ」
「ええ。真の迷惑行為というのは、これからエイジン先生がお嬢様方のご実家に乗り込んでやらかす事の方です。何を企んでいるのかは分かりませんが」
エイジン先生をダシにして軽く笑うポンコツ主従。
「よし、そろそろ出発しようか。お嬢ちゃん達、車に乗ってくれ」
ディスられても気にしないエイジン先生がそう促すと、イングリッドが車のドアを開け、ジェーンとテイタムは後部座席に乗り込んだ。
「では、行きましょうか」
続いて、いつもの黒ローブ姿でなく、黒いスーツに白いワイシャツに黒いネクタイ、ダメ押しに黒い制帽と白い手袋という、いかにも「私はただのガル家お抱えの運転手であって、今回の件については何も知りません」と強調する格好をしたアラン君が、運転席へ乗り込もうとするのを見て、
「でも本当に大丈夫なんでしょうか、エイジン先生? 向こうに着いた途端、暴徒と化したレンダ家の使用人達にハンマーで窓を叩き割られて、車から引きずり出されて、リンチにでもかけられたら」
見送り来ていたアンヌが、この最愛の彼氏の最悪な未来予想図を想像して青くなる。
「大丈夫だよ、アンヌ」
そう言って、この心配性の彼女に微笑みかけてから、
「大丈夫ですよね、エイジン先生?」
やや不安そうな表情になって、今回の事件の首謀者に念を押すアラン君。
「大丈夫だ。そんな事をしたら、俺達はともかくお嬢ちゃん達にまで危険が及ぶから絶対あり得ない。ま、念の為、向こうに着いて俺が車から降りたら、ドアをロックして待っててくれ。話はだいたい二十分位で済むだろう」
そう言って安心させようとするエイジン先生も、いつもの作務衣姿ではなく、明るいグレーのスーツに白いワイシャツと淡いピンク地に白い水玉模様のネクタイといういでたちで、さらにスーツの内ポケットから銀縁の伊達メガネを取り出して装着し、
「どう? この格好だと、いかにも子供に優しそうな教育評論家に見えますでしょ?」
グレタとイングリッドに向かって、微妙にオネエっぽい口調で問うと、
「悪いけど、ものすごく怪しい人に見えるわ、エイジン。うさんくさいって言うか、偽物っぽいって言うか」
「同感です。『フナコシママ』とでもお呼びすれば満足ですか、エイジン先生?」
ポンコツ主従から痛烈なダメ出しをされ、
「ふむ、やり過ぎはよくないか。やっぱり、自然体が一番だな。伊達メガネはやめとこう」
メガネをイングリッドに預けて助手席に乗り込み、
「じゃ、行って来るぜ。夕方頃までには帰って来るから、それまで大人しく待っててくれ」
三人の見送りにそう言い残し、まずはレンダ家へと向かった。




