▼410▲ 突然借金取り立ての鬼と化す優しいお兄さん
まだ九歳のテイタムと分担して二千万円ずつ計四千万円支払えという鬼の様な要求を突きつけられ、一瞬狐につままれた様な顔になったものの、すぐに力なく笑ってボールペンを手に取り、
「ええ、そういう約束だったわね。ちゃんと払うわ」
言われた通りの文章をメモ帳に書いてサインした後、
「これでいい?」
とエイジン先生に確認する、まだ十二歳のジェーン。
「結構。じゃ、その次のページにテイタムお嬢ちゃんも書いてくれ」
「はい」
言われるままに、テイタムも同じ文章を書いてサインし、
「これでいいですか?」
と言いながら、メモ帳をエイジン先生に手渡した。
「ああ、ありがとう。これで十分だ」
メモ帳から二人が書いた二枚のページをはぎ取り、それらを満足げに眺める金の亡者、もといエイジン先生。
「今すぐには無理だけど、いつか必ず全額払うわ。テイタムの分も」
ジェーンが健気にそう言うと、エイジン先生は首を横に振り、
「いや、明日中に耳を揃えて全額支払ってもらう。現金で」
悪い笑みを浮かべたまま、そう答えた。
「手持ちのお小遣いを全部合わせても、四千万円は無理よ」
「安心してくれ、俺も子供から小遣いを巻き上げる程落ちぶれちゃいない。それにさっきも言った様に、子供の後始末は大人の役目だ」
「え、それじゃまさか……」
「ああ、娘の負債はきっちり父親に払わせる。明日レンダ家へお嬢ちゃんを送る時、このメモも持って行って、二千万円要求するつもりだ」
「ダ、ダメよ! そんな脅迫まがいの事をしたら、父は確実にエイジンさんを警察に突き出すわ!」
青くなって叫ぶジェーン。
「心配するな。可愛い娘の為なら二千万円位、ポンッ、と払ってくれるさ。それが父親の情ってもんだ」
「父は普通じゃないの! 短気で、考えなしで、カッとなるともう誰にも止められないのよ!」
「おとといの晩約束しただろ? 『この狂言誘拐ゲームの勝利条件は、君とテイタムお嬢ちゃんの親御さんに、「身代金」としてそこそこの大金を支払わせる事だ。勝利した時点でゲームは終了、その後、君達が何のお咎めもなく家に帰れる様に俺が上手く手配する』、って」
「でも、もう私達はゲームに負けたのよ!」
「まだ負けてない。むしろここからが本番だ」
得体の知れない自信に満ち溢れた金の亡者、もといエイジン先生に対し、何が何やら分からず不安で仕方がない様子のジェーンを、
「大丈夫よ、ジェーン。どうにもならない状況でも、どうにかしちゃうのがエイジンだから」
「この性悪詐欺師を甘く見てはいけません、ジェーンお嬢様。明日エイジン先生は、必ずやお父様から二千万円をむしり取る事でしょう」
「ここは一つ、エイジンさんの言う通りにしてみようよ、ジェーン」
楽天的に励まそうとする、グレタ、イングリッド、テイタム。
そんな女性陣をよそに、エイジン先生は自分の携帯を取り出し、
「もしもし、ピーターのオッサンか? こちらエイジン。気が変わった。明日の正午、ジェーン嬢をレンダ家の屋敷までお送りする。ついてはジェーン嬢を引き渡す前に、御父上とサシで話をさせてくれ」
まだポンコツ車を運転中と思しきピーターに電話を掛け、
「あんたも同席したい? いいとも、俺としてもその方が好都合だ。そうそう、御父上には必要経費として日本円で二千万円用意する様に言っといてくれ。それと、そっちが終わった後にテイタム嬢をお送りするから、ニールキック家にもその旨連絡よろしく。時間は、そうだな、一時頃でいいか……」
少しも悪びれる事なくマイペースに一方的な要求を伝えていた。




