▼405▲ お世話になった先生に心から感謝の思いを伝える卒業式直後の校舎裏
かつての師と思しき男に対し、エイジン先生は、
「お久しぶりです、『師匠』」
それまでのふざけた態度から一転して真面目な口調で挨拶し、深々と頭を下げた。
これに対して師匠は何も答えぬまま、エイジン先生の方に向かって歩き続け、約二メートル程の間合いまで来てピタッと立ち止まり、相手に対して体を斜めに向け、背を丸めて顎を胸元に引き、両手を手刀の形にして、それぞれ肘が曲がる位に軽く前に出して構える。
横から見ると飲み会で酒を勧められて、「いや、ほんっと、飲めないですから」、とオーバーリアクションで断っている人に見えなくもない。
この師匠の構えと対峙しても、エイジン先生は臆する様子もなく、
「もっともあなたは門下生に、自分の事を『師匠』と呼ばせてはいませんでしたね。もっと恥ずかしくて長ったらしい称号で呼ばせていた気がするんですが」
あくまでも真面目な口調のまま、煽りのギアを入れ始めた。師匠は構えたまま何も言わない。
「何分昔の事で、なおかつ心底どうでもいい事なので、もう記憶からはすっぱり削除してしまいましたけど。確か『スーパーウルトラミラクル大先生』でしたっけ。それとも『ハイパーメディアクリエイター最高師範』でしたか。あるいは『第八十五代クーゲルシュライバー』だった様な気もします」
エイジン先生、ギアをローからセカンドへ。師匠は何も言わないが、怒りで少し顔が赤くなって来た。
「苦労して創った道場があっさり潰れた時の心の傷は癒えましたか? まさか、もう一度看板だけ変えて怪しげな古武術詐欺、もとい道場を始めるつもりじゃないでしょうね?」
ギアをサードへ。師匠の険しい表情が一層険しさを増す。
「もう昭和じゃないんですから。この情報化時代に大ボラ吹いても、すぐバレるから気を付けてくださいね。巨大掲示板とかに糾弾コピペが毎日貼られますよ。『この「古武術詐欺師」にピンと来たら110番!』って具合に。もし貼られなかった場合は、俺が責任持って毎日貼りますから」
ギア、フォースをすっ飛ばしていきなりトップへ。師匠は怒りで肩を震わせ始める。
「可哀想なのは『師匠』に騙されて高い月謝を払わされ続けた人達です。無意味な修行にせっせと励む、疑う事を知らないピュアな門下生達を見て、少しは罪の意識ってものを感じなかったんですか、え、『師匠』?」
よりによって「お前が言うな」とツッコみたくなる様な煽りで、エイジン先生がギアをオーバートップに入れると同時に、とうとう我慢ならなくなった師匠が物凄い勢いで前に飛び出し、相手の顔面めがけて右の掌を繰り出した。
が、その掌が届く前に、エイジン先生は逆に師匠の左目の辺りを右の掌でカウンター突き。エイジン先生に向けた物凄い勢いがそのまま自分に跳ね返り、大ダメージを負う師匠。
すかさず師匠の左に回り込み、右手で相手の道着の左袖を取って、ぐい、と斜め下に引っ張り、上体が少し前かがみになった所へ、スニーカーを履いている左足で師匠の顔面に容赦ない連続蹴りを入れるエイジン先生。
これを右手でガードしようとするもガードしきれず、やがて顔面が血塗れになり、エイジン先生が左袖を離すと同時に前方へうずくまる様に倒れる師匠。この時点ですでに戦意喪失している模様。
「俺を止めるんじゃなかったんですか、『師匠』?」
うずくまったまま動かない師匠の頭部を、あたかもサッカーボールの様に蹴りまくるエイジン先生。激痛にうめく師匠。
「どうしました、『師匠』? もう終わりですか、『師匠』?」
最後の力を振り絞って貴重な頭部を両手でガードする師匠に対し、今度はガラ空きの脇腹へ鋭い蹴りを入れ始めるエイジン先生。ガードしようとしても、やはりガードしきれない師匠。
「オラオラ、おねんねの時間にゃまだ早えぜ、『師匠』!」
最初の殊勝な態度はどこへやら、今やすっかり手のつけられない不良と化したエイジン先生と、なすすべもなくフルボッコにされ続ける師匠。
その光景はもはや「古武術マスター」同士の師弟対決と言うより、ただのオヤジ狩りにしか見えなくなっていた。
しばらくボコられまくった後、どんなに蹴りを入れられてもうずくまったままの姿で微動だにぜす、うめき声一つ上げなくなった師匠の頭を、土足で上から踏みつけ、
「さ、『師匠』は始末したぜ」
ドヤ顔でピーターとナスターシャに宣言するエイジン先生。
「けしかけといて何ですが、あたしゃどうも血が苦手でしてね。それにしても、こりゃひどいなんてもんじゃない。一方的な虐殺だ。一体過去にその人と何があったんです、エイジンさん?」
凄惨な光景から目を背けつつ、呆れた様に言うピーター。
「俺だって、本物の『師匠』が相手ならここまでやらねえよ。それなりに手加減してやるだけの情けはある」
師匠を師匠とも思わぬ発言をしてから、
「だが生身の人間ならともかく、こいつは人形だろ?」
実に爽やかな笑顔で、グリグリと師匠の頭を踏みにじるエイジン先生。
今はもう動かない血塗れの師匠。




