▼404▲ 記憶の中のマリオネット
「で、ドアのロックを解除して、無理やり車の中へ押し入るつもりなのか?」
車を傷めそうなガチャ合戦の後、一応ピーターに確認するエイジン先生。
「はい。それで、この事件も終わると思うんですがねえ」
ガチャ合戦に勝利し、キャンピングカーのドアのロックを解除したピーターが、もっさりとした口調で答える。
「俺が、『はい、そうですか』、とあっさり中を見せると思うか?」
「逆にお聞きしましょう。なぜ、中を見せられないんです?」
「逆に聞こうか。車に乗ってる時に突然呼び止められて、『お前の車の中に誘拐されたお嬢様がいる。だからドアを開けろ!』と、頭のおかしな言いがかりをつけられたら、あんたはその狂人の為にドアを開けてやるのか?」
「普通なら絶対開けませんね。ですが、今回ばかりは特殊なケースなので、どうあっても中を検めさせてもらいます」
「あんたがどうしても強行突破するつもりだって言うなら、不本意ながら、こっちも力ずくで阻止させてもらうぜ。それとも、あんたはその手の荒事が得意なのか?」
「とんでもない。あたしは荒事の方はからっきしでして。警察学校時代の格闘技実習の成績は、そりゃひどいもんでした。ましてや、『古武術マスター』であるエイジンさんに敵うはずがない」
「何か俺に関して誤った情報が流れてるみたいだが、まあいい。『古武術マスター』たる俺も荒事は嫌いなんだ。強行突破なんて無茶な真似はやめて、一度家に帰って十分な睡眠を取ってから出直してくれ」
「確かに、あたしじゃ『古武術マスター』には手も足も出ません。だから、こちらも『古武術マスター』を助っ人に用意しました」
「『古武術マスター』?」
怪訝そうな顔をするエイジン先生。
ピーターはポンコツ車の方を振り返り、
「ナスターシャさん、例の人形をお願いします」
と声を掛ける。
「あっ、はい」
二体の兵隊の人形を例の旅行鞄にしまった後、車に寄りかかって眠りかけていたナスターシャは、気の抜けた返事をした後で、車の後部座席から、今度は等身大の大きな人形を引っ張り出し、
「自分の為に踊りなさい」
と短く命令した。
人形はナスターシャの手を離れてすっくと立ち上がり、二日酔いのOLよろしくフラフラとこちらに向かって歩き出すこの美しき人形使いの後から、カチャカチャと音を立てつつ、しっかりした足取りでついて来る。その動きだけ見るならば、どちらが人形でどちらが人形使いだか分からない。
「何だそりゃ、車の衝突実験で使うダミー人形みたいだが」
訝しげに問うエイジン先生。
「いかにもダミー人形ですが、外観は魔力で如何様にも変えられます。ところで、エイジンさん。あなたは異世界から来た『古武術マスター』というお話でしたが、本当ですか?」
「真っ赤な嘘です。でも、あなたとそこのオッサン位なら、車に侵入するのを阻止する事は出来ると思います」
「『古武術マスター』といえども、最初は素人だった訳ですよね?」
「ああ」
「つまり、あなたに『古武術』を教えた師匠がいるはずですよね?」
「ま、そういう事になるな」
自分の事なのに他人事の様に答えるエイジン先生。
「では、今からその師匠にあなたを取り押さえてもらいます」
「俺の『師匠』とやらを召喚しても無駄だぞ。もう結構な年だし、道場が潰れたショックで、今は病に倒れてずっと伏せってるらしいからな」
心底どうでもいい他人事の様に師匠の近況を説明するエイジン先生。
「大丈夫です。健康体の師匠にやってもらいますから」
「なんじゃそりゃ?」
「今からあなたの記憶の中にある、一番強かった頃の師匠のイメージを、この人形に投影します」
そう言ってから、ナスターシャは後を振り返り、
「記憶の中のマリオネットよ、私の為に踊りなさい」
と訳の分からないポエムの様な呪文を唱えると、人形の目が青白く光って、「ピッ」、と音がした。
「終わりました」
「赤外線通信かよ」
その後、徐々に人形は光り輝く黄色い靄に包まれ、
「これがあなたの記憶の中にある、最強の師匠の姿です」
その靄が消えた時、ダミー人形は人間の形へと変化していた。
身長は百七十五センチ位、黒い道着に黒い帯を締めた裸足の男で、真っ先に目につく長髪とボウボウの髭、さらには鋭い眼光を放ついかめしい風貌が、何とも異様な雰囲気を醸し出している。まるで昭和の格闘漫画の中からそのまま抜け出した武術家キャラの様。
「うわ、若っ!」
エイジン先生も、これにはびっくりした様子。
「では師匠、エイジンさんをしばらく動けなくしてください」
ナスターシャの物騒な命令を受け、若かりし頃の師匠は全身に闘気をみなぎらせつつ、ゆっくりとエイジン先生の方へ向かって来る。




