▼401▲ 彼氏の浮気を暴く恐怖のアプリ
「察しのいいエイジンさんなら、もう全部お分かりでしょうが、念の為最初からお話しましょうか」
突き出した印籠、もとい新しい携帯を胸元に引っ込め、そこで何やら操作しつつ、世間話でもするかの様な淡々とした口調で話すピーター。
「二時間サスペンスドラマの最後で、自分からベラベラ喋り出す崖の上の犯人かあんたは」
飄々とツッコミを入れるエイジン先生。
「どっちかと言うと問い詰める刑事の方ですがね。とにかく、おとといの晩、遊園地の駐車場でリレーアタック用の機械を使って鍵を開け、あなた方の車のトランクに潜り込んだジェーンお嬢様とテイタムお嬢様は、そのままガル家のガレージまで運ばれました。だからあたしはガレージを調べさえすれば、それでこの家出騒ぎは終わると思ったんです」
「ところが、ガレージに二人はいなかった」
「いましたよ。あなたが嘘をついたんです」
「失礼な。誰が嘘をついたって?」
「あなたですよ、エイジンさん。大方、救いを求める子供達に同情して、こちらに引き渡すには忍びない、と思ったんでしょうなあ。『窮鳥懐に入れば、猟師もこれを殺さず』ってやつです」
そう言って、ピーターは片手で携帯を持ったまま、もう片方の手でコートのポケットを探り、
「じゃなきゃ、子供達もこんな自然な笑顔にはなりません。これは今朝、新たな脅迫状と共に送られて来た写真ですが、撮ったのはあなたですね、エイジンさん?」
一枚の写真を取り出して、エイジンに見せた。そこには三毛猫の着ぐるみパジャマ姿で楽しそうに手書きのフリップを持っているジェーンと、同じく楽しそうに昨日の日付の夕刊を持っているテイタムが並んで写っている。
「また送られて来たのか。でも、二人のお嬢さん達が元気そうで良かったじゃないか」
動揺する事なく、見事なまでにすっとぼけるエイジン先生。
「ええ、子供の味方であるあなたの元にいる限り、お二人の身の安全については何も心配ありません。ですが、話を元に戻しましょう。あなたに嘘をつかれ、ナスターシャさんに用意してもらった五十体の人形による捜索も断られ、そちらの使用人による形だけの大捜索という茶番に付き合わされてしまったあたしは一計を案じました」
「茶番言うな。俺も含めて、皆一生懸命探したんだぜ」
平然と嘘をつくエイジン先生。
「まあ、あなた以外の事情を知らされていない使用人達は一生懸命だったかもしれませんがね。それはともかく、あたしは一旦ナスターシャさんを車までお送りして、そこで別働隊として取っておいた二体の人形にあたしの携帯を持たせてから、こう命令してもらいました。『誰にも見つからない様にガレージに潜伏し、イングリッドさんかグレタさんかエイジンさんが車を出したら、その車の底に取り付いて、約五分おきに携帯の電源を入れて位置情報を発信せよ。相手が車を乗り換えたなら、気付かれぬ様にこちらも乗り換えて、引き続き位置情報の発信を続行せよ』とね」
「どこまでも追って来る発信器か。悪質にも程がある」
「それからあたしは屋敷に戻ると見せかけて、大捜索の真っ最中の敷地内を、ガレージを探して歩き回りました。不審がられても、『こちらに捜索をお願いしに来た、レンダ家の探偵のピーターです』と言えば、誰も皆すぐに納得してくれましたよ。ガレージの場所もちゃんと教えてくれました」
「図々しいにも程があるな、あんた」
「あなたに言われたくありませんよ、エイジンさん。で、ガレージの前まで来たあたしは、『中を見せてくれないか』、と頼んだんですが、流石にそれは断られてしまいましてね。そこで代わりにコートのポケットに隠していた別働隊に行ってもらう事にしたんです」
「皆が探しているのは子供であって人形じゃないからな。身長約十五センチの兵隊の人形には、誰も気付かなかったって訳か」
「はい、その通りです。盲点を突きました。そして二体の人形が、捜索作業の為に解放してあったシャッターからガレージに入って行って、そこに置いてある車の下に素早く潜り込むのを見届けてから、あたしはまた敷地内の散策に戻ったんです」
「そして俺の小屋までやって来た、と」
「ええ、後はご存知の通りです。家の中を見るのをエイジンさんに断られた時、あたしの疑惑は確信に変わりました。二人のお嬢様達はここにいる、とね。それと、あなたの様な子供の味方が、いつまでも遊びたい盛りの子供達をこんな狭い場所に閉じ込めておく訳がない、とも」
「狭くて悪かったな」
「失礼、言葉の綾です。そこに人形を潜入させる手もありましたが、エイジンさんの目は欺けないだろう、と諦めました。大人しくガレージに潜伏させて、時が来るのを待ったんです」
「ちっとも大人しくねえよ。その前に五十体の人形を使って屋敷を見張らせてただろ、あんた」
「流石に、そっちの方はすぐ気付かれましたね」
「気付かせるつもりだったんじゃないのか? ガレージの二体から注意をそらす為に」
「いずれにせよ、その五十体の人形の見張りが引き上げたなら、近い内にエイジンさんは行動を起こすだろうと予想したんですが」
写真をポケットにしまってから、ピーターはまた携帯を印籠の様にエイジンに突き付け、
「ビンゴでした」
画面に映っているライデル湖周辺の地図を見せた。
そこにはエイジン達が乗った車の移動の軌跡が赤い線で示されており、ちょうど今彼らがいる廃工場まで戻って来て、そこで途切れている。
「どんなヤンデレストーカーだよ、あんた」
それでもへらず口を叩くエイジン先生。




