▼400▲ 正ジャックも裏ジャックも印籠も効かないタイプの悪党
「じゃ、早速ですが、ナスターシャさん、お願いします」
ピーターが促すと、
「はい、では早速」
そこで一呼吸置いてから、
「戻って来なさい。スペードのジャック、クラブのジャック」
突然、ナスターシャが意味不明な言葉を口走る。
さては睡眠不足がピークに達したか、と憐れむ暇もなく次の瞬間、キャンピングカーの下から例の魔力で動く兵隊の人形が二体飛び出し、こちらに向かって駆けて来た。一体は手ぶらだが、もう一体は自分の体の大きさ程もある携帯電話を自分の背中に紐でくくりつけており、ちょっと走るのも大変そうである。
「なるほどね。バッドなカンパニーは五十体じゃなく、五十二体あったって訳だ」
この驚愕の事実に全く動じる事なく、他人事の様な軽い口調で言うエイジン先生。
「ええ、元々用意したのは五十二体で、管理しやすくする様に一体一体それぞれトランプのカードの名前を割り当ててあったんですが、ピーターさんの提案で、あの二体だけトランクから抜いておいたんです」
同じく他人事の様な軽い口調で事情を説明するナスターシャ。眠そう。そして心底どうでもよさそう。
やがて人形達はナスターシャの足下まで到着すると、二体並んで気を付けの姿勢をとった。
そこへピーターがしゃがみ込み、
「よーしよし、両ジャックともご苦労さん。じゃ、携帯は返してもらうよ」
一方の人形が背負っていた携帯を、その体にくくりつけている紐をほどいて手に取り、
「エイジンさん、これはあたしの携帯です。おとといの晩、この人形に持たせてガレージに潜入させといたんですがね」
ゆっくりと立ち上がって、得意げな表情でエイジンに提示した。
「俺の小屋に来る前にそんな小細工を仕込んでたのか。それであの後、あんたは携帯持ってなかったんだな」
ピーターの策略に一応感心して見せた後で、
「でもアウト。流石にそこまでやったら、れっきとした犯罪だ」
それでも動揺する事なく冷静にツッコミを入れる、ふてぶてしいエイジン先生。
「異世界じゃどうだか知りませんが、こっちの世界では正当な理由があれば、多少のイレギュラーも許されるんですよ。『誘拐された子供達を救い出す』のは、正当な理由だと思いませんか?」
もっとふてぶてしいピーター。
「『誘拐された子供達を救い出す』じゃなく、『意味もなくGPSを搭載した携帯を発信器代わりにヨソん家の車に仕掛けた』だろ? 色々とまずいんじゃないのか?」
「『意味もなく』じゃありませんよ。一番疑わしい場所に狙いを付けて仕掛けたんですから」
「それ自体が犯罪だっての。あと細かい事だが、携帯をこんなしょうもない事に使ったら、あんたの所に連絡が出来なくなるじゃないか。番号まで教えてたのに」
「ご心配なく。昨日、休憩に立ち寄った家電量販店で新しいのを買いました。もちろん経費で」
ピーターは、コートのポケットから新品の携帯を取り出し、
「古い方の携帯の番号に掛けると、こっちの新しい方の携帯に転送される様にしてあります。試しに掛けてみますか?」
いたずらっぽい笑みを浮かべてエイジンの方に、黄門様の印籠よろしく、ずい、と突き出した。
「つくづく行動にムダがないな、あんたは」
呆れつつも、決して動揺を見せないエイジン先生。時々いる、印籠を見せられても平伏しない悪党の様に。




