▼40▲ 本来の用途で使用される事が少なくなった小道具
それからの四日間、グレタは音を上げる事なく、午前に掘った穴を午後に埋め戻すだけの超無意味作業を続け、一方でエイジン先生はその監視をアランとアンヌに放任し、自身は倉庫で格闘漫画を思う存分読みふけっていた。
穴掘り修行最終日、エイジンが倉庫から戻って来ると、泥にまみれたグレタ嬢が、つい今しがた埋め終えた穴の上に立ち、両手で杖を突く様にスコップを自分の前の地面に突き立てて、
「一週間やり遂げたわよ。次の修行は何かしら?」
と挑戦的な笑みを浮かべて言う。
エイジン先生は特に感心した様子もなく、
「では、明日から稽古場での修行に入る。だがその前に、古武術の理論的な説明を簡単にしておく。ほんの要点なので、まだ理解出来なくて構わない。むしろ理解しない方がいい」
いかにも古武術マスターっぽく、もっともらしい事を言い渡した。
「そう、楽しみにしてるわ」
それだけ言い残して、グレタはアンヌと稽古場へ戻って行く。
二人がいなくなってから、
「第一の作戦は失敗に終わったな。結構精神的にキツい作業を選んだつもりなんだが、都市伝説だったか」
エイジンが少し落胆する。
「よく、この手の無意味作業を続けると発狂するとか言われてますよね。でも一週間位では、さほど影響はないのかもしれません」
アランがちょっと後ろめたそうに答える。
「まあ、明日からもっと無意味な作業が始まるんだけどな。だがその前に格闘漫画のお約束、インチキ理論の発表会だ」
「ついに完成したんですか」
「一応形にはなった。それで説明の為の小道具が必要なんだが、明日持って行くのも面倒だから、今の内に倉庫から出して稽古場に持ち込んでおこう」
エイジンとアランは例の倉庫に行き、必要な品を選び出してから、それらを持って稽古場までやって来た。
「あら、何の用、エイジン先生?」
稽古場の中で、アンヌの構える打撃用ミットに鋭い蹴りを打ち込んでいた、Tシャツに短パンとスパッツ姿のグレタ嬢が、エイジン達に気付いて尋ねる。
「明日の説明に使う物を持って来た。ここに置かせてもらうぞ」
言葉少なにそれだけ言って、エイジン達はすぐに立ち去ってしまった。
トレーニングを中断し、グレタ嬢とアンヌはエイジンの置いていった物の近くまでやって来て、
「何に使うのかしらこれ。アンヌ、聞いてない?」
「聞いてません。こんな物を一体どうするつもりなのでしょう?」
と、怪訝な表情になる。
二人の足下には、びっくり人間ショー的な番組で、驚異的な肺活量を誇る男がふくらまして破裂させる為の道具としてしか見られなくなった、昔懐かしい赤いゴム製の水枕と、古典的なドタバタコントのオチで頭上に落とされる様な、これもやはり昔懐かしい大きな金ダライの二つが置かれていた。




